「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
ありのままの事実を、感じた事を全て残しておくことにしました。

アルバム

一周忌の日に思ったアルバムの購入について、丸一日、時間をおいてみた。だけど、特に心境に変化は起きなかったので、帰宅するなり、直ぐに注文した。なぜなら、一周忌にしておくべき事として、少しでも早くアルバムを完成させたかったからに他ならない。そして、一周忌から四日目、手元にアルバムが届いた。もう少しでアルバムが完成する。そう思っただけで、本当に嬉しかった。早速、梱包を解いてみる。想像していた通りの商品だ。このアルバムには、百枚の写真を挟むことが出来る。そこで、生前に撮影していた写真の中からアルバムに残しておきたいものをプリントすることにした。そして、そのプリントしたものと、元々、写真として存在していたものを合わせると、全部で七十八枚になった。そして、これらを挟んでゆく順番については、年月の古いものから順番に並べてゆこうと思った。なぜなら、出会ってからの思い出を順番に辿れるからだ。そして、そうして作ったアルバムを一枚一枚捲っていると、気づけば直ぐに最後のページになってしまう。思い返してみれば、ぺいと暮らした年月も、本当にあっという間だった。いまさらだけど、もっと、一日一日を大切に、もっと、最大限の愛情を注いでやれば良かったと思えて、少し後悔のようなものが湧き出てくる。もちろん、一緒に暮らしていた時は、その時々で、それなりに愛情を注いできたつもりだ。猫の一生だって、十数年だということも認識していた。でも、それは、今思えば、やはり、所詮、漠然とした感覚だったように思える。そして、そもそも、もし、別れが悲しいものだとしても、まさか、こんなに悲しい思いをするなんて思いもしなかった。完成したアルバムのページを捲るたび本当に色々と思う。それにしても、やっと、ぺいとの思い出をアルバムという形に出来た。もちろん、このアルバムは、母とも共有したいと思って作ったものだ。ぺいを病院に何度も連れて行ってくれたり、色々面倒を見てくれた母。そんな母にアルバムを見てもらえる事が凄く嬉しかった。そして、都合の良い翌々日、アルバムを持って母の家に出向いた。もしかしたら、ぺいが、母に会いたいと思っていたから、ぺいからの以心伝心で、なおさら凄く嬉しかったのかもしれない。

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一周忌

あの日から一年。今日までの一年という日々は、ぺいと別れることになった最後の一年を、再び辿るかのようで、とても辛い一年だった。そうして迎えた命日という特別な日。大きな節目に思えた。だから、とびっきり立派で、世界一、人間から愛されていた猫に相応しい命日に絶対にしてやるからな。そう思いながら過ごしてきた。それにしても、一周忌が日曜日という巡り合わせが凄く嬉しかった。なぜなら、一日中、頭の中を全部ぺいの事だけで全部埋め尽くして過ごせると思ったからだ。でも、これは偶然の巡り合わせではないのかもしれない。実は、ぺいと神様が最初からセッティングしてくれていた事なのかもしれない。私には、何故かそう思えた。

 

ぺいが旅立ったのは、十三時半だった。でも、十三時頃から凄く苦しみ始めた。だから、今日は、十三時から仏壇の前でぺいの事を偲ぶ予定だ。だから、今日は準備が何かと忙しい。もちろん、母も、昼頃、来てくれる事になっている。まず、とにかく命日は、真っ先に神社にお参りをしようと決めていた。そこで、朝、九時半頃には家を出て、いつもと同じように拝殿の前に立ってみた。本当に神様には感謝の気持ちでいっぱいだ。今日は、命日という日、あらためて神様に何を伝えるべきか考えてみたのだけど、とにかく伝えたいことは一つだけだった。それは、「神様、ぺいと本当に会わせてくれてありがとうございます」これだけだ。もちろん、ぺいを失ったことは悲しかった。でも、一度きりの人生、もし、人生の目的が、喜怒哀楽による思い出を少しでも多く綴る事なのだとしたら、こんなにも色々と感じることが出来たということ自体、本当に恵まれていたという捉え方も出来る。そして、そう考えると逆に全てが凄く感謝すべきことのように思えてくるから不思議なものだ。もちろん、今日という日は、ぺいにも、あらためて心の中で思っていたことを一つ一つ伝えたかった。「ぺい、色々なものを残してくれてありがとう」「ぺい、楽しい時間を本当にありがとうな」「ぺいと出会えて良かったよ」「いつまでも忘れないよ」「天国で幸せになれよ」「幸せに過ごせよ」もちろん、天国でぺいの近くには神様もいるように思えた。だから、今、ぺいに伝えた気持ちが、そのまま隣にいる神様にも届くと良いなと思った。それは、あらためて一周忌という特別な日に、ぺいに感謝の気持ちを伝えたことで、もっと、もっと、ぺいが、神様や周りの猫から羨ましがられて幸せに暮らせると良いなと思ったからだ。こうして、まずは、朝一、この一年で整理出来た正直な気持ちを神様とぺいに伝えた。そして、拝殿を背にして神社を出るとき、節目という日に、しっかり気持ちを整理出来た気がして、少し気持ちが楽になった。

 

そうして、それから今度は、そのままの足で花屋へ向かった。花といえば、ぺいが旅立って間がない頃から、仏壇には生花を一日たりとも欠かさないようにしてきた。それと、特に、毎月の月命日には、必ず新しい生花に取り替えてきた。なぜなら、生花を絶やさず、月命日には、活き活きとした生花を活けることが、ぺいに気持ちを示すもののように思えたからだ。それで、「ぺいは花より団子だったけどな~」なんて事を口にしながら枯れてきた葉や花が目に付いたら手入れを続けてきた。もし、花が途絶えたり枯れてしまったら、ぺいに申し訳ない。そんな感覚があった。そして、もちろん面倒なんて微塵も感じなかった。むしろ、新しい生花に取り替えたり、花の手入れをしていたら、ぺいが喜んでくれているような気がして嬉しかった。そういえば、手術が無事に終わって桜の季節を迎えることが出来たあの日、桜の花を見た時のぺいは、きょとんとしていたけど、花の手入れをしている時、あの時、心に抱いていた希望が頭に蘇ってきて涙が溢れてきた事もあった。

 

 話を戻そう。私は、花屋に到着した。開店直後だ。店頭には活き活きとした花が所狭しと並んでいる。とにかく今日はぺいが旅立った日。特別な日だ。だから、私のぺいに対する目には見えない思いを、特に一周忌という今日という日は、目に見える花で思いっきり表現出来る日だと思ってきた。それと、花の購入予算については、何となく三千円から四千円程度で考えている。とにかく、まずは、百合の花を真っ先に探すことにした。火葬の時もそうだったけど百合の花は必ず用意したいと思っていたからだ。あとは、夏という季節柄、ひまわりの花が目に留まった。ひまわりは、明るい黄色で四方八方に大きく開いた花だから、本当に活き活きしていて、そして、伸び伸びと、理想的な生き方を表現しているように思えたので、ひまわりの花も加えた。あとは、高価でも南国の花やバラの花も大切なぺいに相応しい花のように思えたので迷わず加えた。そして、菊の花も一色ではなく色々な色のものを揃えて、とにかく、たくさんの花を購入して自宅に戻った。でも、仏壇の周囲は狭くて上手く花を飾れそうにない。そこで、部屋の隅に仏壇を移動して、その周囲に豪華に飾ることにした。それと、命日のお供え物は仏具以外にも、生前に使っていた食器も使用して豪勢にしたいと思っていたから、引越しの時に遺品を纏めたダンボールを引っ張り出して、その中から食器を探した。それにしても、どの遺品を手に取ってみても、その一つ一つに本当に色々な思い出があって、遺品の全てがぺいの分身のように思えてくる。見つけた食器は、もう一度、綺麗に洗って仏壇の前にセッティングした。

 

 そして、着々と準備を進めていたら予定通り母が到着した。母は、ぺいが生前に目の色を変えて食べた豚肉を湯通ししたものを持参している。それで、それを、お供えして手を合わせてくれた。私は、凄く豚肉を持参してくれたことが嬉しかった。そして、この感情は、ぺいの喜びではないかとさえ思えた。そうして、そんな母は、正午頃には、用事があるという事で、一時間程、部屋で過ごして帰った。私は、ぺいが旅立った時刻には、母と部屋で一緒に過ごす事になると思っていたけど、こればっかりは、色々と用事があるようなので仕方がない。とにかく、私と母への思いは、線香をあげる為だけに暑い中、遠路を自転車で来てくれた事が嬉しかった。

 

さぁ、私もぺいのために豚肉と鶏のもも肉を買ってきている。でも、豚肉は、母が、お供えしてくれたので、私は、鶏のもも肉を、たっぷり湯通しして、お供えとして食器の中に入れた。ぺいには、最後に、もう一度、本当にお腹いっぱいに美味しいものを食べてほしかったからだ。それと、生前は癌で水が飲めなくなってからは、喉が凄く渇いただろうから、飲み物の食器には、たっぷりの水を入れた。今日は、好きなだけ思う存分に食べて飲んでほしかったのだ。ちなみに、今日、使用するロウソクは、毎月、月命日だけに使用してきた燃焼時間が長くて少し値段の高いロウソクだ。そうして準備していたら、ついに予定していた一時になった。そこで、ロウソクと線香に火を点けて、燃えるロウソクの炎を眺めていたら、一年前の出来事が鮮明に蘇ってきた。辛い。そして、ロウソクの炎が消えた。時間は、一時十五分過ぎ。まだ、ぺいが旅立った時刻までには時間がある。もう一度、新しいロウソクと線香に火を点けた。今度、この二本目のロウソクが消えるまでの時間、それは、ぺいが最後の最後に苦しんでいた時間という事になる。そして、炎が消えた時、それは、ぺいが息を引き取って間もないタイミングということになる。私は、目を閉じて、ロウソクの炎が消えるまで、ひたすら黙祷して、ぺいの事だけを一心に過ごす事にした。それは、ちょうど一年前、ぺいが感じた苦しみを、あらためて感じ、そして、それを共有することで、ぺいの苦しみが少しでも和らげば良いなと思ったからだ。それにしても、目を閉じていると途方もなく時間の経過が長く思えた。そして、ついに鼻に煙の臭いが漂ってきた。目を開けてみるとロウソクの炎が消えている。永遠には続かない炎。炎の灯火と命の灯火が重ってしまう。時計を見ると、一時三十五分だった。

 

ついに終わった。あれから一年。再び、同じ日の同じ時刻が過ぎた。さぁ、片付けなければ・・・。仏壇は、部屋の中の常に行き交いする場所に移動していたので、このままにしておく訳にはいかない。だけど、片付ける前に、一周忌の様子を写真や動画に納めておかなければと思った。写真については、仏具を取り揃えたインターネット上のショップにペット供養のコーナーがある事を知っていたので、そこに投稿する事で供養の一部にしたかったし、ぺいと一緒に癌と戦った日々の事を本にしたいと思っていたので、写真を撮っておけば本の中で紹介出来るとも思ったからだ。それと、動画の方は、特に撮影目的はなかったけど、この日の様子が全て音も含めて記録出来るので、ついでに撮影しておこうと思ったという感じだ。それにしても、昨年末、引っ越してきたこの場所は、神社に近くて、窓を開けていると神社の木々からぺいの大好きだった蝉の鳴く声が大合唱のごとく聞こえてくる。その蝉の声を聴いて思った。今こうやって鳴いている蝉たちは、この夏限りの命。決して来年を向かえることはない。生と死。生に永遠はない。ぺいは、自らの死を悟ったとき、どんな気持ちで残された時間を過ごしたのだろう?そういった事も心に感じながら動画を撮影した。これで一周忌という大きな区切りが終わった。そして、あらためて丸一年という時間が経過したのだと思った。最後に仏壇は、元の場所に戻して、生花は、その仏壇の横に何とかスペースを確保出来たので、そこに飾ることにした。

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時間は流れてゆく。あの日と同じ夏の日。夜、ぺいと出会ってからの思い出を、あらためて振り返っておこうと思い出会ってから間もない頃に使い捨てカメラで撮影した写真や、パソコンの中に保存してある写真や動画を見ながら過ごしていた。そして、ふと思った。ぺいの生涯を綴ったアルバムを作ろう!もちろん、作ったアルバムを、ぺいに贈ることは出来ない。だけど、私が、ぺいの事を思いながらアルバムを作ったら、きっとぺいが喜んでくれる。物は贈れなくても文字は贈れるように思えたからだ。そこで、インターネットで、「猫 アルバム」というワードで、何か良いアルバムがないか探してみると、幾つかの猫のアルバムがあった。それにしてもインターネットは本当に便利だ。ただ、アルバムは、ずっと形として残る大切なものになる。だから、一晩だけ注文は見送ることにして、翌日、何も心境が変化していなければ注文しようと思った。こうして、一周忌という大切な日は、ぺいが喜んでくれたであろう事を想像しながら、無事、終えられた事も嬉しくて満足感に浸りつつ眠りについた。

 

そして、翌日になり、朝、いつものように真っ先に仏壇に目を向けてみた。すると、なんとなく、なんとなくだけど、ぺいが、もう、この世から本当に、そして、完全に旅立ってしまったような気がした。それは、ぺいが旅立って以降、初めて感じた感覚で凄くさびしい感覚ものだった。でも、この世に全く未練なく、最後に、「ありがとう!」という言葉を残して、旅立ってくれたような・・・、そんな感覚もあった。もしかしたら、魂というものは、一周忌を迎えるまでは、この世に少し残っているものなのかもしれない。だけど、あれから一年が経ち、あの息を引き取った時刻に、もう一度、ぺいの事を見送ったことで、きっと、微笑みながら気持ち良く、この世から完全に離れることが出来たように思えた。そして、その事が、何より私は嬉しかった。

雨降り地区

心の中でぺいのことを思ってさえいれば、今も変らず生きている。このところ、自分にそう言い聞かせながら過ごしている。でも、一緒に暮らしていた時には、ペットフードを与えれば、もっと美味しいものをよこせと催促してきたり、外出しようとすると、それを阻止しようとスボンの裾を噛もうとしてきたり、はたまた、やさしく撫でていて気持ち良さそうにしているかと思っていたら、急に豹変して手を噛んでくるということもあった。そこには、もちろん我侭だって含まれていたのだと思う。でも、そんなぺいが好きだった。生きていれば、色々な感情が生まれる。でも、そんな感情の一つ一つを受け止めながら一緒に暮らせた事が嬉しかった。でも、今となっては、何一つ自己主張などしてこない。また、昔みたいに、沢山のわがままで困らせてほしい。そもそも、魂とは何なのか?ああしたい、こうしたい、そんな感情があってこそ本当の魂といえるのではないのか?

 

 そういえば、ぺいが旅立って暫くして、虹の橋という話と、もう一つ同じ頃に知った話があった。それは、ペットが旅立った後も、ずっと、悲しみを引きずっていると、愛するペットは、虹の橋の入口にある雨降り地区と呼ばれる場所から出て行くことが出来なくて、寒さに耐えながら悲しみに打ちひしがれてしまうという話だ。確かに、ずっと悲しみを引きずっていれば、自分自身の身体にも決してプラスにはならないのだと思う。それと、旅立ったペットにしても飼い主が自分のせいで体調を崩したら悲しいはずだ。そもそもだけど、永遠の命なんてありえないし、悲しいと思う気持ちの大元は、何より一緒に過ごしてきた時間が楽しかったからこそだ。だから、自分自身の為にも、愛するペットの為にも、少しでも早く立ち直るべきなんだろうと思う。だから、こういった考え方には凄く共感出来るし、頭では良く理解も出来る。でも、やっぱり、悲しいものは悲しいのだ。心に思う気持ちは、そう簡単には薄められない。 

 

それにしても、まもなく一年が経つ。それなのに、夜、ぺいの動画を見ていると、また、大粒の涙が出てきた。「ごめんな、ぺい」「本当に本当にごめんな」「なかなか虹の橋に行けないかもしれないけど、ごめんな」「ぺいの事が、本当に本当に大好きだったんだよ」「だから許してくれよ」パソコンの前で顔を伏せながら思いっきり泣いた。雨降り地区といっても、ぺいのいる場所は、いつも大雨ばかりだ。そして、だから今日も雨降り地区から出て行けなかった。「ごめんな、ぺい」「本当に悲しくて悲しくて仕方ないんだよ」「本当に、ごめんな・・・」泣きながら、虹の橋にいるぺいの様子を頭に思い浮かべた。ぺいは、「全然、無理しなくて良いよ」「ゆっくり時間を掛けて」と、雨を嫌がらないで、逆に雨を快く受け入れてくれている。私の勝手な想像かもしれないけど、そんな気がした。「ありがとう、ぺい」「本当に本当にありがとう」「ぺい、ありがとうな・・・」

いつまでも一緒

ぺいが旅立ってから、まもなく一年が経とうとしている。それでも、相変わらず、夜になると、ぺいの事が忘れられずに、毎日、生前に撮ったぺいの動画を見ている。そして、動画を見ていると、週に二日か三日は、思いっきり大粒の涙が溢れてくる。そういえば、涙が出るのは、ストレスによって作られた体内の有害物質を外に排出する為の仕組みだそうだ。でも、こんなにも泣いていると、もしかしたら、私自身も悲しみのあまり、癌になってしまうかもしれない。そんな事を何度も思ってきた。ただ、愛するぺいを失った事が悲しくて、もし、私も命を落とす事になってしまうとしたら、それはそれで仕方のないこと。何も後悔なんてしない。本気でそう思ってきた。「ぺい、お前は、世界一、どの猫よりも死んだ事を人間から悲しまれていると思うよ」あの世にいるぺいを思い浮かべて、そう、何度も伝えてきた。

 

 そういえば、今日は泣きながら、ある光景を頭に想像していた。それは、あの世でのぺいの様子だ。ちなみに、あの世からは、神様はもちろん他の猫たちも、この世の様子は良く見えるみたいだ。そして、今、あの世では、猫の神様が他の猫たちよりも少し高い場所にいて、この世での猫の行いを評価している。もちろん、あの世の他の先輩猫たちも傍聴したくて猫の神様を取り囲むように沢山集まっている。そして、そんな先輩猫たちも、あの世に随分久しぶりに戻ってきたばかりのぺいに向けて発せられようとしている神様の言葉に聞き耳を立てている。ぺいは、神様より、少しだけ離れたところに、ちょこんと座っていて、今まさに、神様から発せられようとしている言葉を聞こうと、礼儀正しく、神様の方を向いているところだ。私が、お邪魔したのは、ちょうど、猫の神様がぺいに言葉を発しようとする少し前だった。暫くすると神様が喋りはじめた。「お前は、あんなに人間に悲しんでもらえてるのか」「それほどまでに人間から愛されていたのか」「本当に凄く大切に思われてたんだな」「お前は、本当に凄いな!」神様はとても驚いた様子で何度も同じような事を口にしている。もちろん、先輩猫たちも、そんなに人間に思われていたなんて・・・、と、神様と同じように驚きつつも、そんなに人間に悲しまれるなんて・・・と、心底羨ましがっている。ぺいは、神様曰く、凄く頑張り屋だったようだ。だから、この世で、癌になって凄く苦しくても、耐えに耐えて、余命宣告された日まで必死に頑張った。普通の猫だったら、普通の精神力だったら、とても余命宣告された日までなんて絶対に耐えられなかった。そして、他の誰も真似の出来ないほど、色々なことを長い間、頑張ってきたからこそ、一緒に生活を共にしてきた人間から、未だかつてないレベルで、この上なく悲しまれているのだという事が明らかになった。猫と人間との長い歴史をどれだけ振り返ってみても、これほど人間に悲しまれる例というのは、神様も全く記憶にないそうだ。そして、暫くすると神様がまた口を開いた。「お前は、使命を本当に立派に果たしたな」そう言って、ぺいの事を褒めている。使命?そう、猫が、人間に飼われるようになったのは、実は、偶然なんかではない。人間という生き物は、この世に神様によって創造されて間もない頃から、自分たち人間のことだけでなく、他の全ての生き物に対しても、色々と配慮出来る資質があると、神様から期待されているようだ。それで、それ以降は、そんな神様が抱いた理想郷に一歩一歩ずつでも近づける為に、人間の神様と猫の神様とが、天界で手を取り合って、猫の神様は、猫という生き物を創造して、猫を人間界に送り込んでいるようなのだ。そして、ぺいの魂は、あの世で、十数年前、そんな神様に選ばれた。そして、この世に生を受けた。それから数ヵ月後、ぺいは、ペットショップにいた。ぺいはゲージの外から眺める私を見るなり、この人なら、神様から授かった使命を果たせるパートナーだと思って、ゲージの中から猛烈に自分の存在をアピールしたみたいだ。そして、その後は、私と一緒に十数年、同じ時間や出来事を沢山共有したのだ。そんなぺいは、今、あの世で神様から凄く賞賛されている。これで、ぺいは、あの世でも今まで以上に心地良く、新生活をスタート出来そうだ・・・。幸せそうなぺいの姿と様子。私も本当に嬉しい。いや、ぺい自身よりも、私の方が嬉しい。なぜなら、ぺいの事なら何でも負けない自信がある。「良かったな、ぺい!」とにかく、これで少しは安心だ。本当に良かった。

 

 それにしても、ぺいの事は、もちろん一緒に暮らしていた時にも良く考えていたけど、むしろ、この世からいなくなってからの方が考えている。四六時中とまではいかないけど、そんな感じだ。姿が目に見えるか、見えないかの違いはあるけど、ぺいの事を頭で思っている時間こそが本当の存在のような気がして、もしそう仮定するなら、あの世に行ってからの方が、ぺいの存在は確実に大きくなっている。最近、そんな事を思うようになった。そして、もし、頭の中で考えている時間を基準に考えるなら、ぺいは、いつまでも、私が、この世に生きている限り、私の心の中で生き続けているということになる。それは、この世、あの世という場所の違いはあっても、意識の中では、ある意味、何も変わっていないという事になる。気持ちの部分だって、あの世と一方通行ではなくて双方向に繋がっているという確証はないけど、どこかで何となく繋がっているような気がしてならない。それは、くじけそうになっても、こうやって多くの時間を割いて、ぺいとの思い出を記録に残そうとしている意思にも何か感じるものがある。そして、色々考えていたら、ぺいがいなくなって、結局、変化したものは、この世に身体というものが、存在しているかどうかだけの違いのように思えてきた。でも、身体そのものの作りは、どの猫も同じで、個性なんて存在しないから、そこには、特別な感情は生まれない。それであれば、この世に身体が存在しているかなんて大きな問題でないように思えてくる。でも、意識という心の領域は全く違う。意識という心に全く同じものなんて絶対に存在しない。そして、だからこそ、それこそが個性であり、だからこそ、それを失ったら代替するものが存在しないから悲しいという感情が生まれる。それであれば、心の中で思ってさえいれば、今も変らず存在していると言えるのではないだろうか?私は、生きている限り、いつまでもぺいの事を心に思っていたい。だからこそ、こうやって思い出や感じた事を記録に残している。

 

 それともう一つ、意識という心の事を魂と表現したなら、死んだあと、魂の入れ物である身体がなくなっても、魂は、どこかに存在するのだろうか?それと、身体以外の場所に、魂が集まっているような場所が本当にあるのだろうか?そんな事は分からない。でも、分からないということは、もしかしたら、可能性はあるということだ。そして、もし存在するのなら、そこでは、今まで以上にぺいには幸せに満ち足りた状態で過ごしていてほしいと思う。そして、あの世からの一方通行でも全然構わないから、私が、今も、こんなに悲しんでいるという事と、今でもぺいの幸せを心から願ってるよいう事が、ほんの少しでも良いから伝わっていてくれると嬉しい。

かくれんぼ

「ぺい、いつまで隠れてんの?」「出てこいよ~、ぺい」「・・・。」「ダメだよ~、いい加減出てこないと・・・」

 

帰宅して玄関のドアを開けても部屋の中は静まりかえったままだ。もう、ぺいが旅立ってから半年以上が経った。どこを探したって、ぺいは、どこにも居るはずがない。それが現実。そんな事、頭では良く分かってる。でも、気持ち的には、未だに現実を完全に受け入れられなくて、無意識のうちに訳の分からない事を口にしていたのだ。ただ、昔、帰宅してもぺいの姿が見えない時、部屋の中を探してみたら人目に付かない押入れの奥で寝ているという事だって稀にあった。だから、また、あの時みたいに出て来るかもしれない。いや、出てきてほしい。ぺいが居なくなったのは何かの間違い。そうであってほしい。私は、必死で何かに縋りたかったのだと思う。だけど、やっぱり、部屋の中は静まりかえったまま。どこを探したって見つかる訳がない。「ぺい、痛かったろ」「ぺいちゃん、痛かったよな・・・」「ぺい・・・」やっぱり、ぺいは骨になってしまったんだ。今は、骨壺の中にいるんだ。今度は、骨壺の中にいるぺいに話し掛けてみる。もちろん、何も応えてくれない。やっぱり、ぺいちゃんは、死んじゃったんだ・・・。「ぺい・・・」「もう、骨になっちゃったら何も喋れないよな・・・」一緒に奇跡を信じてきたのに・・・。また、胸の奥から悲しみが込み上げてきた。

 

それにしても、あの日から何も変わっていない。予定通り、去年の末には引っ越しをした。でも、引っ越したところで悲しさは全く変わらなかった。そして、その後、迎えた新年。正月だからテレビをつけてみても、外を歩いていても、日本中が、気持ちを入れ替えて明るい気持ちでスタートしよう!そんな雰囲気に包まれていた。そして、それは、さすがに少し気持ちがほぐれるきっかけになった。これから始まる年は、気持ちを切り替えて過ごしてゆくんだ!そんな気持ちになれた。そうして迎えた新年だった。だけど、それから明るい気持ちで過ごす事が出来たのは、たったの一週間だけだった。結局のところ、表面上の気持ちは一時的に変えられたとしても、奥底にある気持ちは何も変えられなかったという事だ。もちろん、そうなるであろう事は、何となく最初から分かっていた。でも、表面上の気持ちだけでも切り替える努力をしてゆかないと、いつになっても奥底にある気持ちなんて変化しない。そう思っていたのも事実だ。だから、新年という機会を活かして、何とか明るく過ごせるように努力してみたのだ。だけど、そんな自己暗示も長くは続かなかった。やっぱり、ぺいの事が忘れられない。いや、本心は、忘れたくないんだ。もう、無理はしないで自分に正直に生きよう。もう、どんなに悲しくたって構わない。ぺいの事が好きだ。だから、いつまでもぺいの事を思ってたいんだ。もう、どんなに悲しくたって、どんなに辛くたって、そんなのは構わない。全部、受け止める。そして、もう、自分の気持ちに嘘はつかない。決して無理に忘れようともしない。悲しいものは悲しいし、忘れたくないものは忘れたくない。それが、自分の正直な気持ち。それで、また、夜には、週に二日~三日、ぺいの動画や写真を見て涙を流す日々に戻った。

 

ちなみに、動画は、もう手の施しようがないと聞かされ、暫くしてから撮影を始めたものだ。動画には、私が、名前を呼べば、私の方に顔を向けてくれているぺいの姿が残っている。それにしても、どれほど苦しんだ事だろう、どれほど辛かっただろう・・・。それなのに、呼べば私の方に顔を向けてくれている。あの時は、本当に死んでしまうなんて、そんな事、現実離れしていて信じれなかったし、そんな事、到底受け入れられなかった。それと、ぺいに限っては、何か奇跡のような事が起きて不思議と助かるような気さえしていた。だから、精神的に弱っているぺいに少しでも元気を出してほしくて、一緒に頑張ろうという気持ちを込めて名前を呼んでいた。そして、それに応えるように、ぺいは、私の方に顔を向けてくれていた。一緒に奇跡を夢見て頑張ってきたのに・・・。それなのに・・・。それなのに・・・。ぺいは凄く頑張ってきた。そんなぺいを抱きしめてやりたい。長い間、本当に頑張ってきた。そんなぺいの頭をなでなでしてやりたい。「ぺい・・・」「ぺいちゃん、ごめんな・・・」「ぺいは、本当に良く頑張ったよ」「本当に、苦しい思いをさせてごめんな」「強制的に大好きなぺいちゃんの命を絶つ事なんて出来なかったんだよ」「ごめんな、ぺいちゃん」「許してくれよ、ぺいちゃん」「ごめんな、本当に本当にごめんな・・・」また、いつものように骨壺の中にいるぺいに話し掛けながら、床に置いた骨壺を手や顔で何度も擦って泣いた。

 

そう言えば、死に際に立ち会えた事は、本当に良かったのだろうか?最期の日、悶え苦しみながら旅立った時の姿が頭から離れない。そもそも、苦しませない安楽死という方法だってあった。でも、そうはしなかった。だから、本当に長い間、ぺいには、辛く苦しい思いをさせてしまった。私の判断は、本当に正しかったのか?「ぺい、ごめんな」「苦しませてごめんな」「蛆虫だって、もっと早く気づいてやれば良かったよな」「ごめんな」「痛かったよな」「本当に本当にごめんな」「ぺいちゃん、俺の選択は正解だったか?」「ぺいちゃん、幸せだったか?」「最後にそれだけで良いから聞きたいよ・・・」

 

でも、ぺいは、言葉を話す事は出来ない。ただ、私の選択は、ぺいの気持ちと全く一緒だったと信じている。なぜなら、最期を迎える少し前、ぺいは、数日前から振っていなかった尻尾を久々に大きく振ってくれた。あれは、最期が近い事を知らせてくれたように思える。そして、その後、ぺいがへちゃげてる前で、私が号泣して泣き終わった後、私の方に少しだけ頭を向けてくれた。あれは、最期を迎える一時間程前の出来事だった。だから、あれは、渾身の力を振り絞って、本当に最後の最後まで私の事を気に掛けてくれたように思える。それにしても、このように思えるという事自体が凄く嬉しい。そして、私は、凄く幸せ者だと思う。何から何まで、ぺいには感謝してもしきれない。「ぺい、本当に、ありがとうな・・・」