「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
ありのままの事実を、感じた事を全て残しておくことにしました。

東日本大震災

 二〇一一年三月十一日十四時四十六分。

 未曾有の大地震が発生した。私は、会社の会議室で業者と打ち合わせをしていた。この日は、電車が完全に止まってしまい全く復旧の見込みがなく、歩いて自宅に帰る事になった。風が強くて寒い夜だった。余震も幾度となく発生していた。帰路の途中、部屋の様子や、ぺいの事が気掛かりで仕方なかったから、とにかく可能な限り速く歩いて家路を急いだ。そして、自宅に着いたのは、二十一時を少し過ぎた頃だった。自宅マンションに到着して唖然とした。外壁のタイルが剥がれて落ちていたり、壁と柱の繋ぎ目に割れ目が出来ていたり酷い状態だった。私は、止まったままのエレベータを横目に階段を昇って自分の住む階に辿りついた。そして、玄関のドアを開けた。あまりの状況に唖然とした。室内の倒そうと思って倒せるものは一つ残らず全て倒れている。また、人の手で下に落とせるものも根こそぎ床に落ちている。そんなもんだから、玄関のドアを開けても簡単には部屋に入れない。とにかく想定を遥かに超える状態だった。それはそうと、一番気になるぺいの姿が玄関から部屋の中を覗いても見当たらない。私は、直ぐにぺいの名前を確認するように呼んでみた。静かだ。全く返事がない。部屋の状況から察するに、何かの下敷きになっていない方が不思議だった。正直焦った。何がどれだけ壊れていようと、そんなのはどうでも良い。とにかく、ぺいだけは無事でいてほしい。心の底からそう思った。もう一度、名前を呼んでみた。やっぱり静かなままで何も返事がない。ぺいは、どうした?とにかく、ぺいを探さなければと思った。倒れかけた書棚の下を潜り、床に落ちているものをかき分けて部屋の中に入った。六畳程のワンルームなのに、結局、玄関のドアを開けてから部屋の中に入るまでに五分近くかかった。そして、ベッドの上に立って周りを眺めた。すると、足元付近に、ふと白いような何か動くものが見えた。ぺいだ!良かった!ベッドの上にいたのだ。もちろん、ベッドの上にも服などが落下していた。だけど、そんなものが散乱する隙間にぺいの姿を見つけた。地震の時、ぺいが、どのような行動をしたのかなんて知る由もない。私は、「おぉ、ぺい、無事だったかー。良かった。良かった。」と言葉にしながら、ぺいの身体を私の身体で包んでやった。ひとまず、見た感じも無傷のようだ。生きていてくれて本当に良かった。でも、ぺいの身体は地震が起きてから随分時間が経っているのに小刻みに震えている。部屋の悲惨な状況、頻発する余震、そして、いつもなら帰宅しているはずの時間になっても私が戻ってこない。きっと、ぺいは、凄く怖くて不安だったのだと思う。「怖かったなぁー、もう大丈夫だからな」と、頭をなでなでしながら声を掛けてやった。 

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 そして、大地震からちょうど一か月経過した日の夕方、またしても、大きな地震、余震が発生した。本震と比較すれば少し小さいかもしれないが相当揺れた。ちなみに、この日も仕事で外出していたので、部屋の様子とぺいの事がずっと気掛かりで仕方がなかった。それでも、帰宅する時間帯には、電車がかろうじて動いていたのは幸いだった。私は、仕事を終え、とにかく自宅へと急いだ。そして、ぺいと部屋の様子が心配で緊張しながら玄関のドアを開けた。またしても、物が倒れたり、色々なものが床に落ちている。それでも、本震の時と比べれば大した事はない。ところが、ぺいの姿が見えない。ぺいの名前を呼びながらトイレのドアを開けた。ぺいを見つけた。「おぉ~!ぺい~。良かったよ!大丈夫だったかぁ~」と、声を掛けながらぺいの顔を見た。すると、両目に溢れんばかりに涙を溜めている。猫の涙なんて初めだ。「不安だったよなー。もう、大丈夫だからな~」と話しかけてやった。そして、それから数分後、再び、ぺいの顔を見てみる。すると、すっかり涙が消えている。まさか、猫も人間と同じで感情で涙を流すんだ…。私は、びっくりした。そして、猫だって人間と同じなんだという事に心が凄く揺さぶられた。大震災の時に経験した恐怖が相当トラウマになっていたのだろう。今回の地震も相当大きかった。だから、凄く怖かったし本当に不安だったのだと思う。私は、ぺいの涙を見たことで、この事をきっかけに、猫の気持ちを人間の気持ちと全く同じレベルで察するようになった。大震災では、「絆」という言葉を良く耳にしたけど、まさに、私と、ぺいの関係も、まさしく大震災をきっかけに一層強まってゆくことになった。 

 大震災から約一年。それは、以前のぺいは、私の足元あたりで寝る事が多かったけど、私と同じ枕で寝るようになった事にも表れたと思う。人と同じ枕というと不思議に思うかもしれないが、私の使用している枕は、テンピュールという素材の凄く低い枕。だから、とりあえず猫でも特に問題なく頭を乗せられる高さなのである。そして、私とぺいの寝る時の位置関係は、ぺいが枕の短い縦側に頭を乗せて、私とは、身体を九十度ずらして寝ている恰好になる。そんな訳で、私が寝返りで横を向くと、枕の上に乗っかっているぺいの頭や耳が目の前に見える。ここまで距離が近いと、ぺいの息遣いだって感じる事が出来る。一緒の枕で一緒に寝る。本当に幸せに思えた。そう言えば、凄く近くで寝ていると、猫だって、結構、いびきをかくという事も分った。でも、昼間に一緒に部屋にいる時には、いびきを聞く事はなかったから、きっと、夜は本当に安心して寝ているに違いない。そう思うと、夜、いびきをかいて寝てくれる事自体も凄く嬉しかった。でも、どうして、同じ枕で寝てくれるようになったのだろう?考えてみると、少なからず思い当たる節はある。あれは、確か震災後、数か月程してからの事だったと思う。私は、昼寝をしたくなった時、ぺいがベッドの上で寝ていれば、あえて、ぺいの目の前で添い寝するようにした。だからなのだと思う。きっと、猫だって、自分に好意を抱いてくれている度合いを敏感に感じるのだろう。そして、それに見合った好意を抱いてくれる。距離感をより近いものにしてくれる。そう思うと、心を完全に許してくれているであろう、さらに、いびきまでかいてくれている目の前のぺいの姿が益々愛おしく思えた。 

 そうして、あの震災の日から約2年。ついに、特別な日がやってきた。そう、十回目の特別な日。「ぺい、誕生日おめでとう!」十歳の誕生日、この日の食事は、とびっきり贅沢にした。十歳。一緒に過ごしてきた十年という歳月の間には、本当に色々な事があった。地震もそうだが、私の人生にも本当に色々と喜怒哀楽があった。どんな時にも、いつも一緒にいてくれた。とにかく、十年という大きな節目の日を迎えられて良かったな!人間でいえば還暦の祝いみたいなものだ。ムシャムシャと、目の色を変えて美味しそうに食べるぺいの姿が微笑ましくて、自分が美味しいものを食べた時より嬉しい。次のお祝いは、五年後、十五歳になった時だな・・・。二十歳は無理でも、十五歳ぐらいまでは元気でいろよ!そう思った。