「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
ありのままの事実を、感じた事を全て残しておくことにしました。

三月十五日(土)

 きっと、猫は食べるという事が、間違いなく人間以上に幸せな事の一つだと思う。私は、もしかしたら扁平上皮癌かもしれないと知った日から、大好きだった食べ物を、とにかく惜しみなく与えるようにしてきた。たとえば、ペット用のおやつとして売られているカニカマ。本当に大好物な食べ物の一つだった。ただ、カニカマは、あくまでおやつ。なので、普段は、与えたとしても少量に抑えてきた。そんなカニカマを口が悪くても食べやすいように少し細かく切って、高級なペットフードの中に沢山混ぜてやる。すると、ぺいは、目の色を変えて食べてくれた。私は、その嬉しそうに食べる様子が凄く嬉しかった。でも、それから間もなくして、本当に癌だという事が分かった。そして、その癌が進行するにつれて、大好物だったカニカマでさえ食べなくなった。それでも、ここ数日は、何とか食べさせたいと思って、マタタビを振りかけたりもした。しかし、マタタビでさえ効果がなくなった。本当は、食べたくて仕方がないのだと思う。でも、口の中が痛いに違いない。そして、ついに、今朝は、一口も食べ物を口にしなかった。朝食の時間はそうして過ぎた。

 その後、暫くすると、少し久しぶりにスキンシップを求めてきた。朝の九時頃だった。今まで、スキンシップの事について書いたが、その時間帯には触れてこなかった。実は、スキンシップの時間帯は、夜というのが普通で、休日には、昼という事もあったけど、朝の時間帯というのは、過去に一切記憶にないほどに凄く珍しかった。そして、この日もスキンシップが終わると、私の足と足の間を掻き分けるようにして、足の間で眠りだした。足の間で寝るというのは、先日と合わせて二回目だ。ぺいの身体が足に密着していてぺいの体温を感じる。もしかして、ぺいは入院するという事を理解してるのではないだろうか?入院で暫く離れてしまう前に、そして、手術を前に、私の体温をしっかり感じておきたい。なんだか、そんな思いが、ぺいの体温と一緒に伝わってくるような気がした。本当に愛しい。私は、ぺい大丈夫だからな!きっと良くなるからな!手術頑張れよ!と思った。そして、それを、私の体温とともに伝えた。

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 そうこうしているうちに、時間は過ぎ夕方になった。そこで、あらためて、大好物の食べ物を与えてみた。でも、やっぱり、もう食べてくれない。もし、今夜、食べなければ、丸一日絶食した事になってしまう。まだ、T動物医療センターへの入院までは二日ある。私は、もう一度、T動物医療センターへ行く前の繋ぎとして地元の病院へと向かった。先生は、皮下注射と皮下輸液を施してくれた。病院から自宅に戻る頃には、すっかり周囲は暗くなっていた。

 そして、夜になり、色々な雑用を終えた私は、落ち着ける時間が出来たので、昨日から書こうか書くまいか悩んでいた手紙を書くことにした。T動物医療センターの先生宛てへの手紙だ。もちろん、入院する時、私が、ぺいを病院に連れて行けるなら手紙を書く必要なんてなかった。でも、私も仕事を休んでばかりはいられない。だから、母にお願いしたのだ。私は、手紙を書く事で、少しでも手術や治療が良い方向にブレてほしいと思った。ぺいのために出来る事があるなら何でもしたかった。

 しかし、そうは言っても、扁平上皮癌は、かなり進行してしまっている。そして、猫の扁平上皮癌は、手術をしたとしても余命三か月から半年程度だという事も、また、既に肺に転移している可能性だって高いという事も聞いている。とりあえず、会話にならない事は百も承知で、ぺいに話かけてみた。「ぺい、お前、長生きしたいよな?」「まだ、俺と一緒に暮らしてたいよな?」「どうだ、ぺい?」当然、何も返事なんて返ってこない。だけど、そんな様子のぺいを見ていると、なおさら、私の意思が大事だという事に気づかされる。そう考えると、益々、私のぺいを守りたい気持ちは、確固たるものになった。まだまだ一緒にぺいと暮らしてゆきたい。ぺいに、幸せな日々を、もっと感じてほしい。そんな事を思いながら手紙を書き始めたら、途端に涙が出てきた。そして、書いた手紙を封筒に入れるまで、ずっと涙が止まらなかった。

 

(先生宛てに書いた手紙)

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