「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との闘い~

まだ数年は続くと思っていた、愛猫「ぺい」との平凡な日常。
しかし、その後の誤診と突然の癌宣告...。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見た記録です。

八月六日(水)

私の家は、ペット禁止の賃貸マンションであり、猫が人目に触れると拙い。だから、過去の話ではあるけども、ぺいと暮らし始めてからの数年間は、部屋の外には一切出さないようにしてきた。でも、ぺいは、部屋の網戸の内側から外の様子を度々眺めていた。そして、網戸には爪を研いだ痕もある。でも、ペットは禁止されているから、私は心を鬼にして、ずっと、部屋の外には出さないようにしてきた。ただ、外の気持ちいい空気や解放感を感じさせてやりたいと思う気持ちは大きくなる一方だった。そこで、ついにとある日、夜、少しだけの時間、ベランダへ出してやろうと思った。猫を飼い始めて月日も経過し大丈夫だという感覚もあった。ただ、もし、ベランダに出している時、隣の人がベランダに出てきて、その時に猫がニャーとでも鳴いたりしたら、薄い仕切り板があるだけだから、猫を飼っている事がバレてしまう。だから、ベランダへ出している時は神経を研ぎ澄ますようにしていた。実は、ベランダへ出していた時、危惧していたことが何度かあった。そんな時、私は、部屋の中からぺいに向かって小さい声で「ぺい!ぺい!」と呼んで、手招きをして部屋に戻るように必死で合図した。すると、ぺいは、どれだけ理解しての事かは分からないけど、大体、部屋の中に戻ってきてくれたのだ。それでも、外の何かが気になって戻ってこない事もあったから、そんな時には、大好きなペット用のおやつのカサカサという袋の音を部屋の中から響かせると必ず反応して部屋の中に戻ってきた。それで、ベランダには出してやるようになった。ただ、ベランダとは反対側にある玄関のドアの外にだけは、一切出さないようにしてきた。それは、外の廊下で猫がダイレクトに住人の目に直接触れると絶対的に拙いからだ。だから、私が家の出入りで、玄関のドアを開けた時、少しだけ見える廊下側の様子は、ぺいにとっては、積年の関心事だったはずだ。私が帰宅して玄関のドアを開けようとすると、ほぼ決まって、ぺいは、ドアの隙間が少し開いただけで、そのまま隙間からスッと廊下に出ようとした。そんな時、私は、「おっと、ぺいちゃん!ダメダメ!」と言って、手でぺいの頭を押さえてぺいを部屋の方に押し戻すという日常が当たり前だった。でも、今、ぺいは癌に蝕まれていて大変な状態になっている。それでも、相変わらず玄関の外には出たがっている。ぺいは、どうしても廊下側の世界を知っておきたいのだろう。私は、意を決してぺいを廊下側に出してやることにした。ただ、夜の遅い時間に、エレベータの動きに細心の注意を払いながらになる。猫を飼っている事がバレたら本当に拙い。でも、ぺいの廊下側に出てみたいという気持ち、それを叶えてやれる残り時間を思うと、どんなにリスクが大きくても、絶対にぺいの願いを叶えてやりたいと思ったのだ。そして、いつもは直ぐに閉じているドアを、開けたままにしていると、ぺいは、ついにスッと廊下に出た。廊下に出たぺいは、廊下の端から端までを何度となく歩いている。歩いている様子は、気のせいか、前から見ても後から見ても凄く嬉しそうに見える。そして、暫くすると、廊下の端にある外の景色が一番良く見える場所に座って、眼下に見える人や車が行きかう様子を眺めはじめた。それは、興味津々で眺めているように見えた。それにしても、ぺいは、今、夢にまで見たであろう世界を堪能してくれている。私は、折角だから、周りの景色をもっと良く見せてやりたいと思った。そこで、ぺいを私の胸に抱えた。すると、力は弱々しいながらも下に降ろしてくれと暴れる。ここは、高い階だから、いくら廊下の上であっても暴れるという事は、とにかく死ぬこと、身に迫る危険は怖いという事だ。私は思った。安楽死という選択をしなかったから、今という下顎が失われた辛い状況がある。でも、そんな状況でさえ、とにかく死への恐怖は変わらないのだ。そう思うと、私の選択は、やっぱり間違っていなかった。そう確信出来た。もし、生きていたいのに、死ぬのは怖いというのに、怖いのは薬で誤魔化して命を私が勝手に終了させてしまっていたら、癌が原因ではなく、結局、私がぺいの命を奪ったという事になる。そんなのは絶対にあり得ない。もし、安楽死という選択をしてしまっていたら、やっぱり、絶対に後悔していただろうと思った。それは、長年寄り添ってきた、ぺいの気持ち、そんな事も分ってやれていなかったという事を意味したからでもある。やはり、私の感じた気持ち、そのままの気持ちが、同じように、ぺいの気持ちで正解だったのだと、あらためて思った。そして、時間は過ぎ、ふと時計を確認すると、廊下に出してから既に五分ほど経過している。まだまだ、思う存分、ゆっくり堪能させてやりたいのは山々。だけど、あんまり調子に乗っていると絶対に人目に触れてしまう。「ぺい、ごめんね~またね~」と言って、私は、ぺいを、そっと抱えて部屋の中に入った。そして、ぺいを部屋の中に降ろした。気のせいだろうか、その時、ぺいから積年の夢が叶って嬉しいという気持ちが伝わってきたような気がした。私自身も、自分自身の事ではないのに自分自身の積年の夢が叶えられたように嬉しかった。ぺいの喜びは私の喜び。本当に嬉しかった。それにしても、ぺいを抱えた時、信じられないほど軽かった。見た目も腰骨あたりは、くっきり骨の形状が浮き出ているし、背中を撫でた時には背骨の形状がダイレクトに手に伝わってきた。どんどん体重が落ちている。朝と夜、なるべく多めにシリンジで食事を流し込んでいても、体重が、みるみる減少している。

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