「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
ありのままの事実を、感じた事を全て残しておくことにしました。

八月二十一日(木)

起床と同時に緊張しながらぺいの姿を探した。もう、こんな朝が一週間も続いている。昨晩もぺいの事が気になって殆ど眠れなかった。今日も頑張って生きていてくれている。でも、容態は日に日に目に見えて悪化している。だから、とても、単純には喜べない。苦しそうな姿を見ていると心境は複雑だ。そういえば、昨晩は、ベッドの上に一度も上がってこなかった。もうジャンプなんて到底無理なんだと思う。それにしても、昨晩は、一晩中ペタペタ部屋の中を歩きまわる足音が耳に残っている。痛みや苦しさで、とても眠っていられなかったのだと思う。それでも、一つだけ幸いな事があった。それは、部屋の中に血溜まりだけは見当たらなかったという事だ。一番の心配事だった出血は、ひとまず止まったようだ。これで、何とか今日という一日も命を繋げると思えた。そこで、会社に向かう前に母に電話を掛けて、ひとまず出血が止まった事を伝えて、今日のところは何とか大丈夫そうなので、やっぱりこちらには来なくても良いという事を話した。なぜなら、高齢の母に度々足を運んでもらうのは申し訳なく、極力、来てもらう事をお願いする日は、最小限にしたかったからだ。そうして、母への連絡を終えて家を出た。その後、外出中、ずっとぺいの事が気になって仕方がなかった。今、部屋のどこで、どうしているだろう?大量出血していないだろうか?もし帰宅した時に死んでいたら・・・。やっぱり、母に来てもらっていた方が良かったかも・・・。そんな事ばかり考えていた。そうして時間は過ぎ、私は、仕事を定時に終わらせて、一目散に自宅に戻った。最近は、玄関のドアを開けても部屋の中はシーンとしている。もうかれこれ、出迎えは一か月ほど前からない。大丈夫か?凄く緊張した。部屋に入ってみると、フローリングの床に姿を確認出来た。でも、目は開けてくれないし、尻尾だって微動だにしていない。唯一、お腹の動きで、何とか生きてくれている事だけは暫くして認識出来た。良かった。「ぺい、帰ったよ・・・」とボソッと声に出してみた。きっと、私が、外出していた時間、長い間、孤独で苦しさに耐え、寂しかったに違いない。でも、こんな容態だから、身体に触ったり、話し掛けたりすると負担になる。私は、ぺいの直ぐ傍に座った。舌が途中で折れたように後方に反り返っている。それもそうだ。直接、舌が床面に接する為に折れ曲がるようになって、そんな時間が多くなったからだ。もう元の状態には絶対に戻りようのない舌。毛繕いをしていた舌。時々、「ぺい、口から舌出てるよ!」と言って何度となく手でつついた舌。水道の蛇口から新鮮な水を口の中に運んでいた舌。今日は珍しく口を斜め上にして寝ていて上顎の内側まで良く見える。上顎の内側も乾燥して皮膚が黒く爛れている。凄く痛々しい。

 

 あれ?そう思った時、一瞬、何か白いものが上顎の内側に見えた。何?注意深く見てみると、上顎前歯の直ぐ内側に直径一ミリぐらいの穴が一センチほどの間隔で二つ空いている事が分った。こんな穴あったっけ?いつからあるんだ?そう思った時、その穴の奥で何か白いものが動いている。え!何?それで、暫く穴の中を凝視していると、今度は、その白いものが一瞬だけ穴の外に顔を出した。「何だよ、こりゃ!!」私は、やっと、白く見えたものの正体が分った。それは何と蛆虫。あの時、以前、床で見た蛆虫だ!これで全てが理解出来た。「え!?おい!ちょっ・・・ちょっと待てよ・・・」という事は、昔、あの部屋の中を舞っていたハエが、ぺいの上顎に蛆虫の幼虫を産み付けていたのか?それにしても、そもそも上顎は、度々、水に浸けていたというのに、よくもそんな場所にまで留まって良く寄生出来たものだ。これこそ、青天の霹靂だ。「ふざけんな!!まだ生きてんだぞ!」「蛆虫なんて!もう、本当にいい加減にしてくれ!」大切なぺいなのに!まだ生きているのに!蛆虫なんてあり得ない!蛆虫なんて・・・。癌で苦しんでいるというのに、それを喜ぶかのように蛆虫が寄生して元気に動いている。こんな事、どう考えても絶対にあり得ない!どこまで精神的に打ちのめすのか!気が狂いそうになる。もしかしたら狂っていたかもしれない。私は、とにかく蛆虫を摘み出す事にした。摘み出す・・・ピンセット?ピンセットがほしい。でも、ピンセットなんて家にはない。買いに出掛けた。ぺいは、買って戻ってきても外出した時と何一つ変わらない状態で床にいた。私は、早速、ピンセットで憎い蛆虫を摘み出す事にした。でも、そう易々と簡単には摘み出せない。蛆虫の白い体が穴から少し出てきたタイミングで、すかさず摘んで引っ張り出すという方法しかなかった。それで、まず最初の一匹目を引っ張り出した。何て大きいんだ!長さは、一センチ強もある。そして、丸々と太っている。こんなやつが上顎の中に住みついて動き回っていたのか!もう、本当に勘弁してくれ!本当に!私は、完全に心の中で発狂していた。気を取り直して、もう一度、上顎を覗いて見た。すると、まだ白いのが穴の奥で動いている。再び、穴から少し出てきたところをピンセットで摘んで引っ張りだした。二匹目も一匹目と同じような大きさだ。そう思った時、ぺいが目を覚ました。でも、まだ穴の中には白い物体が見えている。私は、ぺいが再び寝るのを待つ事にした。そして、暫くしてから、また蛆虫の摘み出し作業を再開した。それにしても、下顎は癌で腐敗して完全に失われて、唯一残っていた上顎でさえ、蛆虫なんかに住みつかれて食い荒らされなきゃダメなのか?まだ生きてるんだぞ!いい加減にしてくれ!最初に蛆虫を引っ張り出してから三十分ぐらい経った。無我夢中で、結局、十二匹もの蛆虫を摘み出した。それも全て一センチ強の大きさ。よくもこんなに大量の蛆虫がいたものだ。どれほど不快だった事だろうか?もしかして、最近上顎を水に浸けていたのは、この蛆虫が原因だったのではないだろうか?どうして、もっと早く気づいてやれなかったのか?本当に申し訳なく思えた。そんな気持ちと、あまりにもショックな現実。頭がおかしくなりそうだった。ちなみに、私は無駄な殺生は一切しない。だから、普段、例えば部屋の中に虫が迷い込んできても外に逃がすようにしている。でも、ぺいを食い物にする蛾や蛆虫だけは憎くて仕方がなかった。「こんちくしょう!」私は、蛆虫をティッシュに包んでトイレに流した。暫くすると、ぺいが立ち上がった。フラフラだ。また足腰が立たなくなってきたようだ。そう思った時だった。少しだけ歩いたところでグシャっと身体が倒れた。生きていても歩けなくなったら本当に困ってしまう。この先、どうなるのか?

 

 その後、夜遅く再び出血が酷くなってきた。もう、ベッドの上には上がれないから、フローリングの上でぺいの口が接した部分には赤い血が付着している。私は、ぺいが少し動くたびに付着した血を拭き取った。それから、寝る前にはシリンジ一本分だけ食事を注入した。本当は食べ物の消化どころではないはずだ。でも、出血している分、食事で少しでも栄養を補わなければならない。