「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
事実を、感じた事を、ありのままに全て包み隠さず残します。

八月二十二日(金)

 起床と同時にぺいの姿を探した。良かった。まだ生きている。ただ、朝起きてみると、部屋の中に血溜まりが三か所もあった。またしても昨晩から始まった酷い出血が止まっていない。朝一番に血溜まりを拭き取って水場の水を取り替えた。それと、朝食の注入は、昨日の夜を最後に暫く中止する事にした。なぜなら、とても食事の消化どころではないように思えたからだ。そして、今日は金曜日。今日さえ仕事に行けば、明日からは、土曜、日曜と、二日間ずっと一緒にいられる。本当ならずっと家に居たいけど仕方がない。それにしても、良く生きて、あと二~三日、もしかしたら、今日、死んでしまうかもしれない。そんな感じがした。そこで、外出前、母に電話をした。そして、いよいよ危ないから、今日は、日中、こちらに来てぺいの様子を見ていてほしいという事を伝えた。母からは、直ぐに、「うん!分った!」という返事が返ってきた。母は、電話機の向こうにいるのだけど、ぺいの容態が悪ければ、いつでも駆けつけてくれるという感じだった。さぁ、心配だけど、これで出掛ける事が出来る。電話を終えた私は、「じゃあ、ぺいちゃん、仕事に行ってくるからな~」「ぺいちゃん、頑張れよ~」と、声を掛けながら玄関に歩いた。すると、いつものようにぺいが歩いて見送りにきてくれた。それにしても、きっと、今、歩けているのは半分奇跡だろう。身体は痩せこけて、紙切れのようにぺらぺらだし、連日のように出血だってしている。そして、癌の痛みだって凄く辛いに違いない。それなのに、それなのに歩いて見送りに来てくれる。私は、誤解していた。昔は、出掛ける前に、もっと何か美味しい餌がほしいからだと、半分ワガママな自分本位の理由で、出掛ける私の足を必死で噛んできていたのだとばかり思っていた。でも、こんな状況になってまでも見送りに来てくれる。だという事は、本当に、純粋に、いつも一緒にいてほしかったんだ・・・。永遠の別れが本当に身近に迫るまで、本当に本当のところは分らなかった。本当は出掛けてほしくないんだよな?本当は一緒にいてほしいんだよな?そんな事を思っていると、これから仕事だというのに朝から涙が出そうになった。それにしても、あと何回見送ってくれるのだろうか・・・。この光景を何回体験出来るのだろうか?一回一回の見送りが、本当にかけがえのない大切な思い出。どんなに平凡な日常であっても、それが、同じ事の繰り返しであっても、永遠に続く事など決して何一つない。平凡な日常は、元気であればこそ。平凡な日々が、どれほど幸せな事だったのかと心の底から思った。「ぺい、ありがとう!」「今日は、おかぁちゃんが来てくれるからな~」「じゃあ、ぺいちゃん、行ってくるよ」「ぺい~」そんな言葉をぺいに掛けながら、そして、見送ってくれるぺいの姿を最後まで見ながら静かに玄関のドアを閉めた。あぁ~ぺい。電車に揺られて会社に向かっている時にも、見送ってくれたぺいの姿を何度となく思い出した。

 そうして過ごしているうちに、会社のある最寄駅についた。そして、いつものように、ぺいの事を忘れるためにも頭を切り替えて仕事に没頭する事にした。でも、さすがに、今日は、ぺいの事が気になって殆ど仕事が手につかない。もし、死んでしまったら携帯電話に母から連絡が入る。でも、まだ、連絡がないという事は、とりあえず大丈夫だ。でも、もしかすると、今にでも電話が鳴るのではないかと思えて、常に気持ちが落ち着かなかった。そうして、午前が過ぎた。私は、昼の休憩時間になったので、居ても経ってもいられず母に電話した。そして、ぺいの様子を聞いてみた。すると、「うん、今のところ何とか大丈夫だよ」という言葉が返ってきた。良かった。まだ大丈夫だ。そもそも連絡がなかったので大丈夫だろうという事は分っていた。だけど、まだ生きているという事を、しっかり確認出来たので、ほんの少しだけど気持ちが楽になれた。

 その後、私は、いつものように定時に仕事を終わらせると家路を急いだ。ちなみに、母に家に居てもらえるのは日中だけの予定だった。だから、そういった意味でも、祈る思いで緊張しながら玄関のドアを開けた。「ぺい!大丈夫か~?」声を掛けても部屋の雰囲気はシーンと静まりかえっている。このところ、ぺいは迎えには来てくれない。そして、そんな静かな部屋の床面にぺいの姿を見つける事が出来た。その場所は、部屋の中の床面では、昔から、一番良く過ごす事の多かったお気に入りの場所だ。でも、姿は見つけたものの、正直、あまりにも異様な光景に目を疑った。それは、前脚も後脚も完全に垂直にへちゃげてしまっていて、うつ伏せ状態で全身が床面に張り付いていたからだ。例えるなら、ムササビが四肢を思いっきり広げて空中を飛んでいる姿のままで、床面に張り付いた時の格好と全く同じだと思った。はたして、そもそも猫が骨格的に、そんな恰好が出来るのか?絶対に関節が外れないと無理に思えた。私は、あまりの状況に言葉を失いつつも、部屋の中に足を進めてぺいの顔を見てみた。えっ!?明らかに今朝とは違う。瞼は開きっぱなしで瞬き一つもしてない。瞳孔も全く動いていない。私は、「おい!?ぺい!」と、思わず声を掛けた。それでも、目も顔も尻尾も身体も、何もかも全く動かない。でも、お腹を見てみると、呼吸で、お腹だけは動いている。良かった!生きている!でも、これは本当に危ない。直感的に思った。そういえば、日中の様子は、どうだったのだろうか?私は、母に電話した。まず、来てくれたお礼を伝えた。そして、直ぐに、ぺいの今の状態を伝えた。母は、いつもより長い時間、夕方頃まで居てくれたそうだ。それで、夕方、帰る時のぺいの状態はというと、四肢ではなく、後脚だけが、へちゃげていたそうだ。今朝の状況と日中の状況、そして、今の状況。母の話を聞いていると、時間の経過とともに、どんどん容態や状態が悪くなっていったという事が分った。つい今朝は、歩いて見送りしてくれたのに・・・。もう本当にいよいよ短いな・・・。土曜か日曜。多分、どちらか・・・。そう思えた。

 私は、ぺいの最期の準備を本当にしなければと思った。一つ目は保冷剤の準備。夏場なので遺体を安置している間に必要だと思って事前に購入していた。でも、冷蔵庫内の製氷室で霜にまみれていたので、一旦取り出して直ぐに使えるように製氷室に納め直した。二つ目は、棺の準備。少し前にインターネットで棺の購入を検討した事があった。でも、棺は、燃えてなくなってしまう。どうせ燃えてしまうなら、その分のお金を生花の方に回して、身体を少しでも多くの花で包んであげたいと思った。だから、棺は、ちょうど一週間程前に、近所のスーパーから手頃な大きさのダンボールを棺代わりに頂いてきていた。そして、それが、ずっと部屋の片隅にあった。ただ、部屋の中で商品名の書かれたダンボールを目にしていると、ちょっとやっぱり何か違うな・・・。本当にこのままで良いのか・・・。そんな思いが少しずつ大きくなっていた。それで、日中に閃いた事があった。それは、棺に似合いそうなラッピング用紙を探してダンボールに貼れば、商品名が隠れるし、お手製の棺を作れるではないかという事だ。そんな訳で、早速、あらためて家を出て近くの店にラッピング用紙を探しに行ってみた。売り場に着いてみると、数十種類のラッピング用紙が置いてあった。ぺいが、この世で最後に過ごす場所に相応しいデザイン。どれが一番良いか?当然、棺用のラッピング用紙なんてものはない。だから、色々な商品を手に取って考えた。折角なので出来るだけ拘りたかった。結局、十数分程、時間を要したと思う。そして、結構迷ったけど、最終的には、色々な動物が遊んでいるデザインのものに決める事にした。偶然なのか神様の導きなのかは分からないけど、動物の棺に相応しいデザインのものを見つけられて良かったと思えた。そして、同じ店で、ついでにもう一つ買っておこうと思ったものがあった。それは、ぺいの写真を飾るための写真立てだ。今のところ、遺骨は骨壺に入れて、ずっと自宅に安置しておく予定だ。それであれば、なおさら骨壺と一緒に置いておく写真立てが必要だと思った。そうして、私は、ラッピング用紙と、写真立てを買って急いで自宅に戻った。今日は、もう外出する事はない。全ての用事が終わった。明日からは二連休。その間、ずっと、ぺいの傍で一緒に過ごせる。ぺいと同じ空間で同じ空気を感じながら一緒に過ごせる。そんな一分一秒が、世の中にある、どんな時間の過ごし方よりも本当に一番嬉しく思えた。

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 それにしても、やっぱり、自宅に戻ってきても異様な恰好のまま動いていない。上顎の状態が少し気になったので見てみた。やはり、少し乾燥しているようだ。もう、自分で動けないから顎を水に浸ける事も出来なくて口が渇いているように思えた。そこで、私は、シリンジに水を入れて上顎が湿る程度に、そっと、上顎の手前側に軽く水を吹きつけみた。

 ぺいは、こんな時、普通なら、びっくりして頭を少しぐらいは動かすはずなのに、微動だにしなかった。どういう状況なんだろう?でも、もし、渇きを感じていたなら、これで、少しは楽になっただろうと思った。そして、その時、そう思った時だった。またしても白く動くものが見えた。「えっ!まだいるの?」それは、紛れもない、その白いものの正体は蛆虫だった。「昨日、十二匹も取ったのに!」私は、発狂した。「どんだけいるんだよ!」「まだ生きてんだぞ!」「いい加減にしてくれ!」私は、気が狂いそうだった。そして、正気を半分失いつつも、昨日と同じようにピンセットで一匹一匹、蛆虫を上顎の穴から引っ張り出す事にした。ただ、昨日、結構な量を捕まえた。だから、さすがに蛆虫も残り少ないらしくて、なかなか引っ張り出す事の出来る穴の開いた場所に姿が見えてこない。時間の掛る根気のいる作業だと思った。それから、三十分程、格闘したと思う。結局、さらに五匹捕まえた。「こんちきしょう!」「いい加減にしてくれ!」そう言い放ちながら勢いよく全部トイレに流した。昨日捕まえたのと合わせたら、十七匹も蛆虫を引っ張り出した事になる。それも全部一センチほどの長さがあって丸々と太っていた。それが、全部、上顎の上に開いた穴の中にいたのだ。穴の先には、どれほどの空間があるのか?上顎の骨の中は、どういう構造になっているのか?そんな事、全く分からない。それにしても、本当に良くも十七匹もいたものだ。ぺいは、十七匹も蛆虫が上顎に居て、どんな気持ちだったのだろうか?どれほど気持ち悪かった事だろうか?ぺいの気持ちを少しでも想像してみるだけで、心の底から本当に申し訳なかったと、怒涛のように、くやしさが込み上げてくる。そうして、本当にあり得ない。ふざけるな!という感情が頭の中で爆発した。でも、そんな事、どれほど思ったところで取り返しなどつかない。それにしても、まさか上顎の中に蛆虫の巣窟が出来ているなんて思いもしなかった。そもそも上顎という場所は、一番、目視していたとも言える場所だった。なのに、それなのに、どうして気づけなかったのか?もっと、早く、もっと、どうして、そう何度も思った。そして、何度も、くやしさが込み上げた。

 その後、夜の食事の注入をどうするか少し考えた。猫は人間と違って数日間食事をしないと臓器に障害が発生して命に危険が生じてしまうからだ。食事は、昨日の夜が最後だったから、ちょうど丸一日経過している。とはいえ、まだ丸一日。でも、三日が限界だろう。ひとまず、食事は、この危篤ともいえる状態を見極めながらにしようと思った。今のぺいは、トイレに行きたくても砂場にも行けない。上顎を濡らしたくても水場にも行けない。そんな状態で、それでも食事を強引に注入された時のぺいの負担や気持ちを考えたら、そんな選択肢、絶対にあり得ないと思った。

 ふと、時計を見てみると、二十三時になろうとしている。一旦帰宅してからラッピング用紙などを買いに行ったり、蛆虫を取っていたりしていたら、あっという間に時間が過ぎている。私は、とにかく、早速、買ってきたラッピング用紙でお手製の棺を作る事にした。ぺいは、いつ死んでしまうか分からない。糊が乾く時間も必要になる。だから、早め早めで、今夜中に作っておく事にした。色々な動物が遊んでいる様子が描かれたラッピング用紙。それらを、ダンボール一つ一つのパーツの大きさに合わせて切る。そして、それらを張り合わせてゆく。ぺいがこの世で最後に過ごす場所。この世からの旅立ちに相応しい棺。手作りであれば、ぺいがどれだけ愛されていたのか、その思いが表現出来る棺になる。だから、少しでも綺麗に、そして、丁寧に気持ちを込めて作った。だから、想像以上に時間が必要だった。「やっと出来た~!」時計を見てみると、深夜の一時半。なんだかんだで、二時間半も掛った。でも、ぺいのために丹精込めて作った棺でもあり作品でもある。ついに、お手製のオリジナルの棺が出来上がった。ちなみに、総製作費は、たったの二百円。でも、世の中に売られているどんな棺よりも、どんなに値段の高い棺よりも素晴らしいものが出来たと思えた。もう夜も遅い。さぁ、寝よう!そう思って、ぺいの様子を見てみると、やっぱり、へちゃげた状態のままで瞼も開いたままだ。ぺいは、これから先、どうなるのだろうか?いつまで生きていてくれるのだろうか?それにしても、今日は色々と本当に疲れた。私は、そう思いながら部屋の明りを消して布団に入った。