「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
ありのままの事実を、感じた事を全て残しておくことにしました。

初七日

ピンポーン「〇〇運輸ですが・・・」ぺいが旅立って四日目の夜にインターネットで注文していたものが届いた。猫用の仏壇と仏具だ。そう、あの日、火葬を終えて家に戻ってから、部屋の棚の上に骨壺と写真立てや造花を並べて置いてみたけど、骨壺は、ずっと手元に置いておこうと思ったので購入を決めたのだ。なぜなら、ぺいが眠る大切な骨壺に埃なんて事は、未来永劫、絶対にあり得ないと思ったからに他ならない。早速、梱包された仏壇を箱の中から取り出して棚の上にセッティングしてみた。良い感じだ。「ぺいちゃん、ここに入ろうな~」そう話しかけながら仏壇の中に骨壺を納めてみた。私は、ぺいが安心して過ごせる新たな居場所が、きちんと部屋の中に作れて自分の事のように嬉しかった。「良かったなぁ~、ぺいちゃん!」そして、写真立てと造花も一緒に仏壇の中に納めた。それと、仏壇には引き出しがついていたので、そこに、黄色い涎掛けを四つ折りにして納めた。これは、火葬に向かう際、棺の中でぺいの頭の事を思って頭の下に敷いていたものだ。もしかすると、ぺいにとっては癌の辛い記憶を思い出すものかもしれない。でも、私にとっては、最後の最後までぺいの肌に触れていたものだったし、闘病中には、洗濯を繰り返しながら何度となく使用してきたので、数えきれない程、思い入れのあるぺいの一部のような形見だ。

 

ところで、仏壇と仏具を注文した時、線香とロウソクにもペット専用なるものがある事が分かった。それらは、当初は、購入を予定していなかったけど、折角だからと思ったので、仏壇と仏具を注文した翌日に少し考えて追加で注文していたものがあった。初七日の法事は、正確には一日遅れになるけど、休日の土曜日に、きっちり行おうと思っていたから線香とロウソクの配達は、初七日に間に合うのか心配で、業者に電話で配達日を確認してみた。すると、土曜に配達予定との事だ。土曜か・・・、初七日当日だ。時間的に早く届くと良いのだけど・・・。何とかぺいの旅立った時刻までには届いてくれ・・・。そう祈るしかなかった。そして、土曜の当日を迎えたのだけど、何と、朝一番の配達時間である朝の九時に配達されてきた。なかなか朝一番に配達されるなんて事は珍しい。これまた神様か何かの力か?そう思わずにはいられなかった。とにかく、ぺいが旅立った時刻に間に合って本当に良かった。これで無事、仏壇関係のセッティングを終える事が出来た。あとはお供えだ。お供えは、ぺいが大好物だったペット用のカニカマしかないと思っていた。それで、いざ久しぶりにペット用品の売り場に立ってみると、複雑な気持ちにもなった。そうして、とにかく、そんな事を思い出しながらもカニカマを購入して自宅に戻った。早速、カニカマの入った袋を骨壺の横に添えるように置いてみる。これで、お腹が減った時は、いつでも大好きだったカニカマが食べれるな!ぺいちゃん、本当に良かったなぁ~。そう思った。そして、そう思うと、私も自分自身の事のように凄く嬉しかった。そうして、ぺいが旅立った十三時半という時刻を迎えた。「ぺいちゃん、ありがとう!」「ありがとうな!」骨壺の中に眠るぺいの事を思いながら、線香とロウソクに火を点けて、おりんを三回鳴らした。ちなみに、三回にしたのは、火葬の時に見送りで鳴らした回数と同じで、あの時と、ぺいを思う気持ち全く遜色していないという気持ちを伝えたかったからだ。そして、本当に沢山の思い出をありがとう!そういった気持ちを込めて手を合わせた。

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そういえば、仏壇と仏具や線香とロウソクが届いた時、商品と一緒にネットショップの人が手書きで書いてくれたメッセージカードが添えられて、最初の仏壇と仏具の時には、「ペットちゃんの安らかな永眠を心よりお祈り申し上げます」という内容が書かれていて、線香とロウソクの時には、「ペットちゃんへ想いが届きますよう心よりお祈り申し上げます」という内容が書かれていたのだけど、まさか手書きのメッセージが添えられて商品が届くとは思ってもいなかったし、悲しみに暮れていたので、手書きのメッセージは、凄く琴線に触れて二度とも涙が止めどもなく溢れた。特に、二度目のメッセージカードを目にした時には、メッセージが変わっていたので、購入内容や購入履歴によって、購入した私の気持ちを細かく察してくれているのだろうと思えた。きっと、ペット好きな人が働いているに違いない。私と同じように悲しい思いをした人がメッセージを書いて下さっているに違いないと思った。商品は、インターネットでの購入だから、お互いに顔は見えないけど、メッセージを書いて下さった方の気持ちが凄く心に染みて、二度目のメッセージを見た時には、なおさら嬉しくて涙が溢れた。ちなみに、メッセージカードを頂いた事と、書かれてあったメッセージは、ぺいにも伝えたかったので、「ぺいちゃん、こんなメッセージもらったよ~」「良かったな~」「ぺいも嬉しいよな~」と、骨壺の中にいるぺいに話しかけながら、メッセージカードは、仏壇の引き出しの中に保管することにした。

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ところで、初七日には母も来てくれた。特に来てほしいと伝えていた訳ではなかったけど来てくれたのだ。何かと気になるようだった。母は、部屋の中に入ってきて、ぺいの骨壺に手を合わせようとした時、初めて仏壇を目にした。すると、開口一番、「え!?」「何?呆れた~」「あなた大丈夫なん?」との言葉。それは、猫に、ここまでするか?正気か?という心配に他ならなかった。確かに、普通に考えれば、母が言う通りなのだろう。だから、私は、母の口から発せられた言葉を、それなりに理解出来た。だけど、私は、自分の気持ちに正直に行動したかっただけだ。だから、私は、言葉を返した。「動物を虐待する人もいるけど、そういう方向とは違う訳だし良いんじゃないの?」と。そのことに対して、母は、何も言い返しては、こなかったけど、正直、どう思っているのかは分からない。そうそう、母は、この日、写真を数枚持ってきてくれた。もちろん、ぺいが写っている写真だ。飼い始めて間のない頃、写真のフィルムが余っていたので撮影して保管していたとの事だった。その写真には、ぺいの幼き頃の無邪気な姿が写っている。写真を見ていたら、十一年前、まだ出会ったばかりで、お互いに意思の疎通が手探りだった頃が懐かしい。凄い掘り出し物に出会えた感覚がした。とにかく、当時が、凄く懐かしく思えた。そうして時間は過ぎてゆき、今一度、写真を一枚一枚ゆっくり眺めながら思った。あれから十一年と少し、私の人生、初めて経験した事もあったし、本当に色々な出来事があった。嬉しい事もあった。悲しい事もあった。そんな時、ぺいは、いつも同じ空間で、それらを共有してくれていた。どれほど一緒にいてくれた事が喜ばしい事であったことか。お互いに喜怒哀楽を共有して、長年、ずっと一緒に歩んできたように思える。思えば十数年なんて長いようで短かった。ぺいと一緒に暮らし始めたときには、いつか訪れる終わりの日の事なんて随分先だと思っていた。そもそも、昨年の年末には、まだ数年先の事だろうと思ったばかりだった。でも、そんな事を思った矢先に突然の旅立ち。もっと、写真を撮っておけば良かった。でも、写真なんて、まだ、いつでも撮る機会があると思っていた。そもそも、癌になってからではなく、元気な頃に、もっともっと、写真や動画を撮っておけば良かった。でも、今更、そんな事を幾ら思ってみても仕方がない。

 

 その後、私は、パソコンの前に座っていた。それで、どのようなキーワードで辿りついたのかまでは記憶にないけど、ネット上のサイトを見て止めどもなく涙が溢れていた。それは、「虹の橋」という散文詩だった。この作品は、作者不詳らしいのだけど、琴線が大きく揺さぶられて、心の中に留まっていたものが、一瞬にして涙に変っていった。ぺい・・・。私が、そこに行くまで、そこで楽しく幸せに暮らしていておくれ。それで、いつか再会して、また、一緒に暮らしていこうな。骨壺だって、ずっと手元に置いておくからな。それと、私も旅立った時には、お前と一緒のお墓に入りたい。そして、いつまでも傍にいておくれ。また、いつものように、頭を、なでなでしてあげるからね。寝るときも、また、一緒に寝ような。

 私も、いつの日か旅立つ時がくる。でも、その時には、またぺいと再会出来るのだと、そう心に思えば、少しは笑顔で旅立てそうだ。ぺい、本当にありがとう・・・。