「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
ありのままの事実を、感じた事を全て残しておくことにしました。

楽しい思い出の意味

月命日の翌日、いつものように仏壇に供えてある水を取り替えた。そう、仏具が届いてから、朝晩、生前と同じように毎日欠かさず新鮮な水に取り替えている。それにしても、今日は仕事だというのに、まだ、前日の余韻が思いっきり残っている。でも、気持ちを切り替えていかなければならない。ただ、そうは言ってみても、ぺいだって、私が、悲しんでいるという事自体は、どちらかと言えば喜んでくれているように思える。でもそれが、仕事にまで影響してしまったら絶対に悲しむはずだ。まさか、ぺいを悲しませるなんて出来ない。そんな事を思っていたら会社に到着した。とにかく、気持ちを切り替えないと・・・。一心不乱、仕事以外の事は、一切考えないように、いつものように、いや、いつも以上に仕事に集中した。そして、時間は過ぎ、ようやく退社出来る時刻になった。やっと家に帰れる。これで、やっと、ぺいと一緒に過ごせる。また、明日の朝まで、ぺいの事で頭を一杯に出来る。帰りの電車の中、そう思うと嬉しくて仕方なかった。

 

 そして、自宅に到着。「ぺいちゃん、帰ったよー」玄関の扉を開けて、昔と同じように帰ってきた事を声に出して伝えた。もちろん、もう、返事はないし、出迎えてくれる訳でもない。だけど、帰ってきた事を、仏壇という場所から尻尾を振って喜んでくれているように思えた。帰宅後は、いつものように、水を取り替え、ロウソクと線香に火を点けて、おりんを鳴らして手を合わせた。ちなみに、おりんは、いつも三回鳴らすようにしている。なぜなら、火葬の最後のお別れの時に鳴らした回数が三回だったからだ。あの時から、ぺいの事を思う気持ちは何一つとして変わっていない。その事を、ぺいに伝えたくて、伝わると良いなと思いながら、それで、いつも三回、鳴らしている。そして、焼香を済ませた後は、いつもの生活パターンだけども、再び外出。そして、再び、夜、九時過ぎに帰宅。もう、今日は、外出予定はない。これで、完全に落ち着いて過ごせる。そう思いながら部屋に入った。もちろん、直ぐに、仏壇にいるぺいの事が気になった。骨壺の覆いに書いたぺいという文字。今となっては、骨というものにつけた名前という事になる。ぺいは、ぺいという名前は、もう、骨の事、骨の名前なのか・・・。つい、そんな事を思った。そして、そう思った途端、胸の中に抑え込んでいたものが、止めどもなく溢れてきた。それは、日中、ずっと、胸の中に押し込めていたものだった。ぺいの事を抱きしめたい。抱きしめてやりたい。仏壇の中の骨壺を取り出した。そして、ぺいが旅立った場所に骨壺を置いてみた。ぺい、お前は、ここで苦しんで旅立ったんだよな・・・。そう思ったら、また、悲しくて悲しくて涙が溢れてきた。「ぺい、ごめんな」「ごめん、ぺい、なんで死んじゃうんだよ」「ぺい、行くなよ」「なぁ、ぺい?」「どうしてこんな姿になっちゃたんだよ!」「助けてあげられなくてごめんな・・・」骨壺を身体全体で包み込むように抱きしめたり、骨壺に顔を押し当ててみたり、骨壺を擦ったり、とにかく骨壺の中のぺいに色々な事を話しかけた。もちろん、抱きしめたのは、ぺいの骨なんかじゃない。ぺいの魂だ。

 

 もう、あれから一か月が過ぎた。それなのに、全く悲しみは色褪せていない。ぺいは、私にとって、唯一無二の存在だった。もし、これから先、宇宙の歴史が長く続いても、どれだけ強く願っても、ぺいと同じ猫には、絶対に二度と出会えないのだ。過去にも未来にも果てしなく続く宇宙の時間。そんな時間の流れの中で、同じ時代に出会って、同じ場所で過ごしてきた。でも、もう、いくら願おうとも二度と同じ出会いはない。それが現実なのだ。そして、そんな現実が容赦なく波のように何度も心に打ち寄せる。でも、ここまで思うという事、ここまで思えるという事は、ぺいという存在が、どれほど大切な存在だったのかという事を思い知らされる。そして、そんな事を思ったら、もっと悲しみが込み上げてきた。もう一度、もう一度だけでいい、最後に、もう一度だけ抱きしめてやりたい。もう一度だけでいい、もう一度だけでいいから、とびっきり、やさしい声を掛けながら、ゆっくり頭をなでなでしてやりたい。最後の最後に、もう一度、もう一度だけでいいから・・・。

 

 でも、それは、どんなに望んだところで叶わない。どうして?どうしてなんだよ!折角、念願だった廊下に出してやったというのに・・・。折角、忘れられない思い出を作ってあげたというのに・・・。そんな思い出を刻んだ脳は、思い出が詰まった脳は、もう全部焼けてしまったのだ。脳も、思い出も、全部燃えて綺麗さっぱり何もかもなくなってしまったのだ。この世に生まれ、私という人間に出会って、ずっと、一緒に暮らしてきた。その中で感じてきた沢山思い出。興奮した事、楽しかった事、嬉しかった事、本当に沢山の思い出があったと思う。それなのに、そんな事は、全部なくなってしまった。どうして?どうせ最後には、全部なくなってしまうんだ。だったら、どうして生きている時に、少しでも楽しい思い出を作ろうとするのか?どうせ、死んだら全部なくなってしまうのに。だったら、楽しい思い出を作る事に、作った事に、何の意味があるんだよ?自問自答しても分らない。「ぺい、死にとうなかったなぁ」「折角、いい思い出作ってやったのに、死んだら元もこうもないじゃないか?」「なんで死んじゃうんだよ!」そんな事を骨壺の中のぺいに何度も尋ねてみる。もちろん、何も答えてくれない。骨壺を移動させてから三十分ほど経ち、我に帰って目を開けてみると、骨壺の周りには、涙の粒が無数に見えた。

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