「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
事実を、感じた事を、ありのままに全て残すことにしました。

かくれんぼ

 「ぺい、いつまで隠れてんの?」「出てこいよ~、ぺい」「・・・。」「ダメだよ~、いい加減出てこないと・・・」

  帰宅して玄関のドアを開けても部屋の中は静まりかえっている。もう、ぺいが旅立ってから半年以上が経った。どこを探してみたって、どこにも居るはずがない。それが現実。そんな事、頭では良く分かってる。でも、気持ち的には、未だに現実を完全に受け入れられなくて、無意識のうちに訳の分からない事を口にしていた。

  そうは言っても、昔、帰宅してもぺいの姿が見えなくて、部屋の中を探してみたら人目に付かない押入れの奥で寝ているという事が稀にあった。また、あの時みたいに出て来るかもしれない。いや、出てきてほしい。ぺいが居なくなったのは何かの間違いであってほしい。私は、必死で何かに縋りたかったのだと思う。だけど、やっぱり、部屋の中は静まりかえったまま。どこを探したって見つかるはずがない。

  「ぺい、痛かったろ」「ぺいちゃん、痛かったよな・・・」「ぺい・・・」

   やっぱり、ぺいは骨になってしまったんだ。今は、骨壺の中にいるんだ。そして、今度は、骨壺の中にいるぺいに話し掛けてみる。もちろん、何も応えてなんてくれない。やっぱり、ぺいちゃんは、死んじゃったんだ・・・。「ぺい・・・」「もう、骨になっちゃったら何も喋れないよな・・・」一緒に奇跡を信じてきたのに・・・。また、胸の奥から悲しみが込み上げてきた。

  それにしても、あの日から何も変わっていない。予定通り、去年の末には引っ越しを終えた。でも、引っ越しても悲しさは全く変わらなかった。そうして、迎えた新年。テレビをつけてみても、外を歩いていても、日本中が、気持ちを入れ替えて明るい気持ちでスタートしよう!そんな雰囲気に包まれていた。そして、それは、さすがに少し気持ちがほぐれるきっかけになった。これから始まる年は、気持ちを切り替えて過ごしてゆくんだ!そんな気持ちになれた。そうして迎えた年だった。だけど、明るい気持ちで過ごす事が出来たのは、たったの一週間だけだった。結局、表面上の気持ちは一時的に変えられても、奥底にある気持ちは何も変わらなかった。もちろん、そんな事は、何となく最初から分かっていた。でも、表面上だけでも切り替える努力をしてゆかなければ、いつになっても奥底の気持ちなんて変化しない。そう思っていたのも事実だ。だから、新年という機会を活かして、何とか明るく過ごせるように努力してみたのだ。だけど、そんな自己暗示は、長くは続かなかった。やっぱり、ぺいの事が忘れられない。いや、本当は、忘れたくないんだ。もう、どんなに悲しくたって構わない。ぺいの事が好きだ。だから、いつまでもぺいの事を思ってたいんだ。もう、どんなに悲しくたって、どんなに辛くたって、そんなのは構わない。全部、受け止める。そして、もう、自分の気持ちに嘘はつかない。決して無理に忘れようともしない。悲しいものは悲しいし、忘れたくないものは忘れたくない。それが、自分の正直な気持ち。そうして、また、夜には、週に二日~三日、ぺいの動画や写真を見て涙を流す日々に舞い戻った。

  ちなみに、動画は、もう手の施しようがないと聞かされた後、暫くしてから撮り始めたものだ。動画には、私が、名前を呼べば、私の方に顔を向けてくれている姿が残っている。それにしても、どれほど苦しんだ事だろう、どれほど辛かった事だろう・・・。それなのに、私の方に顔を向けてくれている。あの時は、もう先が短くて死んでしまうなんて、そんな事、現実離れしていて信じれなかった。そして、到底受け入れられなかった。それと、ぺいに限っては、何か奇跡のようなものが起きて、なぜか不思議と助かるような気もしていた。だから、精神的に弱っているぺいに少しでも元気を出してほしくて、一緒に頑張ろうという気持ちを込めて名前を呼んでいた事を思い出す。そして、ぺいは、それに応えるように私の方に顔を向けてくれていた。一緒に奇跡を夢見て頑張ってきたのに・・・。 それなのに・・・。それなのに・・・。また涙が溢れてきた。ぺいは凄く頑張ってきた。そんなぺいを抱きしめてやりたい。長い間、本当に頑張ってきた。そんなぺいの頭をなでなでしてやりたい。「ぺい・・・」「ぺいちゃん、ごめんな・・・」「ぺいは、本当に良く頑張ったよ」「本当に、苦しい思いをさせてごめんな」「強制的に大好きなぺいちゃんの命を絶つ事なんて出来なかったんだよ」「ごめんな、ぺいちゃん」「許してくれよ、ぺいちゃん」「ごめんな、本当に本当にごめんな・・・」また、いつものようにぺいに話し掛けながら、床に置いた骨壺を手や顔で何度も擦りながら泣いた。

 そう言えば、死に際に立ち会えた事は、本当に良かったのだろうか?最期の日、悶え苦しみながら旅立った時の姿が頭から離れない。そもそも、苦しませない安楽死という方法だってあった。でも、そのような選択はしなかった。だから、本当に長い間、辛く苦しい思いをさせてしまった。私の判断は、本当に正しかったのか?「ぺい、ごめんな」「苦しめさせてごめんな」「蛆虫だって、もっと早く気づいてやれば良かったよな」「ごめんな」「痛かったよな」「本当に本当にごめんな」「ぺいちゃん、俺の選択は正解だったか?」「ぺいちゃん、幸せだったか?」「最後にそれだけで良いから聞きたいよ・・・」

 でも、私の選択は、ぺいの気持ちと全く一緒だったと信じている。なぜなら、最期を迎える少し前、ぺいは、数日前から振っていなかった尻尾を久々に大きく振ってくれた。あれは、最期が近い事を知らせてくれたのだと思える。そして、その後、ぺいがへちゃげてる前で、私が号泣して泣き終わった時、私の方に少しだけ頭を向けてくれた。あれは、最期を迎える一時間程前の出来事だった。だから、渾身の力を振り絞って、本当に最後の最後まで私の事を気に掛けてくれたのだと思える。それにしても、このように思えるという事自体、凄く嬉しい。私は、凄く幸せ者だと思う。何から何まで、ぺいには感謝してもしきれない。「ぺい、本当に本当に、ありがとうな・・・」