「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
事実を、感じた事を、ありのままに全て包み隠さず残します。

祈りの場便り

 仏具を取り揃えたインターネット上の某ショップには、「祈りの場便り」というコーナーが設けられていて仏具を購入する際に拝見したことがあった。そのコーナーでは、そのショップで仏具などを購入した人が、旅立ったペットへの思いを投稿していて、ペットの元気な頃の写真や供養している写真も添えられている。それらの投稿を見て思った。自分だけじゃないんだ!みんな悲しかったんだ。みんなペットのことが大好きだったんだ。それで、ほんの少しだけど元気を貰えたような気がした。そうだ!いつか自分もここに投稿しよう!もし、ここに、掲載すれば、ぺいが最後の最後まで頑張ったことを少しでも多くの人に知ってもらえる。そして、そうすれば、きっと、ぺいだって喜んでくれる。もう、旅立ったぺいには餌もあげれないし、だから、ぺいに喜んでもらえることは本当に限られている。だけど、ぺいが喜んでくれそうなこと、そんなことを見つけられて嬉しかった。そして、悲しみに暮れる中、投稿のタイミングを考えることにした。

 それから、月日は流れ、数か月経ったある日のこと。そうだ!一周忌の時に、その様子を写真に撮って投稿しよう!そう思った。そして、そう決めた時には、ぺいとの闘病日記を本にしたいと思いつつ執筆していたので、そのことについても、折角なので触れたいと思った。

 そして、再び月日は流れ、無事、一周忌を終える事が出来た。そう、あの日、投稿を決めた日から、どんな事を投稿しようか少し考えながら過ごしてきたけど、例えば、ぺいに癌が見つかってから一周忌までの間に感じてきたことや、ぺいとの闘病日記を本として完成させる事が出来たら「ぺい、ありがとう!」という言葉を添えて神棚に供えたいと思っていたので、そんなことにも触れたいと思っていた。そして、そのようなことを文章にしてみた。ちなみに、一周忌を終えた時には、まだブログを立ち上げてなかったので、ぺいという猫がいた事を広く世間に初めて紹介するものになる。そんな訳で、文章の作成には少し時間が必要で、結局、一周忌から五日目に完成した。あとは、文章に添える写真だ。写真は、掲載スペースの問題で二枚程のようなので、どの写真にするか考えることにした。元々、一枚は、一周忌の時の写真にするのは決めていた。だけど、残るもう一枚は、生前の元気だった頃の写真にするか、それとも、闘病中の写真にするか、少し悩んだ。それで、元気な頃の写真にした。やっぱり、元気だった頃の方が圧倒的に長かった訳だし、悲しい写真ばかりだと、なんだか違うと思ったからだ。そうして、完成した文章と二枚の写真をショップの掲載受付先であるメールアドレスに送った。

 翌日、仕事を終え、自宅のPCでメールの受信トレイを確認してみると、早速、ショップから返事が届いている。それで、返事を読み始めて直ぐに感じたことがあった。なぜなら、それは、凄く嬉しかったからだ。私は、てっきり、あくまで事務的に受付けましたという返事が返ってくるのだとばかり思っていた。でも、そうではなかった。メールの文章は、短い文章ではあるけども投稿者である私の心情を本当に良く察してくれたものだったからだ。もちろん、返事には、投稿した文章と写真の掲載予定日も記載されている。そこには、明日の日中と書かれてあった。

 翌日。もちろん、朝から、凄くワクワクしながら過ごしていた。これで、また、一つ、ぺいに喜んでもらうことが出来る。そう思うだけで嬉しかったからだ。そして、昼の休憩時間、スマートフォンから掲載されているか確認してみると、メールで送っていた文章や写真が本当に掲載されている。感無量!そんな感覚だった。感無量なんて大げさに聞こえるかもしれない。でも、本当に嬉しかった。私は、心の中で直ぐにぺいに報告した。「ぺい、これで、みんなに知ってもらえるからな!」「これで、一生懸命頑張ったことを知ってもらえるからな・・・」これで、ぺいの苦しみが少しは報われる。きっと、ぺいは喜んでくれている。私は、暫し至福に満ち足りた時間を過ごした。

 そうして、夜になり、今度は、自宅で、あらためてパソコンから確認してみることにした。やっぱりパソコンで見た方が見やすい。あらためて嬉しさが込み上げてきた。それで、早速、掲載されている部分を印刷することにした。なぜなら、それは、明日、母に見せよう!そう思ったからだ。正直、母に文章を見せるのは小っ恥ずかしい。でも、母は、ぺいから見れば間違いなく恩人のような存在のはずだ。だから、公の場に掲載したことを母に知らせておくことは、ぺいの意思であり願いのように思えた。

 

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