「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
事実を、感じた事を、ありのままに全て包み隠さず残します。

雨降り地区

 心の中でぺいのことを思ってさえいれば、今も変らず生きている。最近は、そう自分に言い聞かせながら過ごしている。でも、本当に一緒に暮らしていた時には、ペットフードを与えれば、もっと美味しいものをよこせと催促してきたり、外出しようとすると、それを阻止しようとスボンの裾を噛もうとしてきたり、はたまた、やさしく撫でてやっていて気持ち良さそうにしていると思ったら急に逆上して手を噛んでくるということもあった。そこには、もちろん我侭だって含まれていたのだと思う。でも、そんなぺいが好きだった。生きていれば、色々な感情が生まれる。でも、そんな感情の一つ一つを受け止めながら一緒に暮らせるということが嬉しかった。なのに、今となっては、何一つ自己主張をしてこない。また、昔みたいに、たくさんの我侭で困らせてほしい。そもそも、魂とは何なのか?ああしたい、こうしたい、そんな感情があってこそ本当の魂ではないのか?

 そういえば、ぺいが旅立って暫くした頃、虹の橋という話と、時を同じくして知った話がある。それは、長い間、ペットが旅立った後も悲しみを引きずっていると、愛するペットが、虹の橋の入口にある雨降り地区と呼ばれる場所から出て行くことが出来なくて、寒さに耐えながら悲しみに打ちひしがれてしまうという話だ。確かに、ずっと悲しみを引きずっていたら自分自身の身体にも決してプラスにはならないと思う。それと、旅立ったペットだって飼い主が体調を崩したら悲しむに違いない。そもそも、永遠の命なんてありえないし、悲しいと思う気持ちは、何よりも一緒に過ごしてきた時間が楽しかったからこそだ。だからこそ、自分自身の為にも、愛するペットの為にも、少しでも早く立ち直るべきなんだろうと思う。こういった考え方は凄く共感出来るし、頭では良く理解出来る。でも、やっぱり、悲しいものは悲しい。心に思う悲しい気持ちは、なかなか簡単には薄まらない。 

 それにしても、まもなく一年。そろそろ一周忌を迎える。それなのに、夜、動画を見ていると、また、いつものように大粒の涙が出てきた。「ごめんな、ぺい」「本当に本当にごめんな」「なかなか虹の橋に行けないかもしれないけど、ごめんな」「ぺいの事が、本当に本当に大好きだったんだよ」「だから許してくれよ」今日は、パソコンの前で顔を伏せながら思いっきり泣いた。雨降り地区といっても、ぺいのいる場所は、いつも大雨ばかりだ。そして、今日も雨降り地区から出て行けなかった。「ごめんな、ぺい」「本当に悲しくて悲しくて仕方ないんだよ」「本当に、ごめんな・・・」泣きながら、ぺいの様子を頭に思い浮かべた。ぺいは、「全然、無理しなくて良いよ」「ゆっくり時間を掛けて」と、雨を嫌がらないで、逆に快く受け入れてくれている。そんな気がした。「ありがとう、ぺい」「本当に本当にありがとう」「ぺい、ありがとうな・・・」

 

いつまでも一緒

 ぺいが旅立ってから、まもなく一年が経とうとしている。それでも、相変わらず、夜になると、ぺいの事が忘れられずに、毎日、生前に撮ったぺいの動画を見ている。そして、動画を見ていると、週に二日か三日は、思いっきり大粒の涙が溢れてくる。そういえば、涙は、ストレスによって作られた体内の有害物質を外に排出する為の仕組みだそうだ。でも、こんなにも泣いていると、もしかしたら、私自身も悲しみのあまり、癌になってしまうかもしれない。そんな事を何度も思った。ただ、愛するぺいを失った事が悲しくて、私も命を落とす事になってしまうなら、それはそれで仕方のないこと。何も後悔なんてしない。本気でそう思った。そして、「ぺい、お前は、世界一、どの猫よりも死んだ事を人間から悲しまれていると思うよ」あの世にいるぺいを思い浮かべて、そう、何度も伝えた。

 そういえば、今日は泣きながら、ある光景を頭に想像していた。それは、あの世でのぺいの様子だ。ちなみに、あの世からは、神様はもちろん他の猫たちも、この世の様子は良く見えるみたいだ。そして、今、あの世では、猫の神様が他の猫たちよりも少し高い場所にいて、この世での猫の行いを評価している。もちろん、あの世の他の先輩猫たちも猫の神様を取り囲むように沢山集まっている。そして、そんな先輩猫たちも、あの世に随分久しぶりに戻ってきたばかりのぺいに向けて発せられようとしている神様の言葉に聞き耳を立てていることが分かる。ぺいは、神様より、少しだけ離れた場所に、ちょこんと座っていて、今まさに、神様から発せられようとしている言葉を聞こうと、礼儀正しく、神様の方を向いている。私が、お邪魔したのは、ちょうど、猫の神様がぺいに言葉を発しようとする少し前だった。暫くして、神様が喋りはじめた。「お前は、あんなに人間に悲しんでもらえてるのか!」「それほどまでに人間から愛されていたのか!」「本当に凄く大切に思われてたんだな」「お前は、本当に凄いな!」神様はとても驚いた様子だ。何度も同じような事を口にしている。もちろん、先輩猫たちも、そんなに人間に思われていたなんて・・・、と、同じように驚きつつも、そんなにも人間に悲しまれるなんて・・・と、心底羨ましがっている。ぺいは、凄く頑張り屋だったようだ。だから、この世で、癌になって凄く苦しくても、耐えに耐えて、余命宣告された日まで必死に頑張った。普通の猫だったら、普通の精神力だったら、とても余命宣告された日までなんて絶対に耐えられなかった。そして、誰も真似の出来ないほど、色々なことを長い間、頑張ってきたからこそ、一緒に生活を共にしてきた人間から、未だかつてないレベルで、この上なく悲しまれているというのだという事が明らかになった。猫と人間との長い歴史をどれだけ振り返ってみても、これほど人間に悲しまれる例というのは、神様も全く記憶にないそうだ。そうして、暫くすると神様がまた口を開いた。「お前は、使命を本当に立派に果たしたな!」そう言って、ぺいの事を褒めている。使命?そう、猫が、人間に飼われるようになったのは、実は、偶然なんかではない。人間という生き物は、この世に神様によって創造されて間もない頃、自分たち人間のことだけでなく、他の全ての生き物に対しても、色々と配慮出来る資質があると、神様から期待されているようだ。それで、それ以降は、そんな神様が抱いた理想郷に一歩一歩づつでも近づける為に、人間の神様と猫の神様とが手を取り合って、猫の神様は、猫という生き物を創造して、猫を人間界に送り込んでいるようなのだ。そして、ぺいの魂は、あの世で、十数年前、そんな神様に選ばれて、この世に生を受けた。それから数ヵ月後、ぺいは、ペットショップにいた。ぺいはゲージの外から眺める私を見るなり、この人なら、使命を果たせるパートナーだと思って、ゲージの中から猛烈に自分の存在をアピールしたみたいだ。そして、その後は、めでたく私と一緒に十数年、同じ時間や出来事を沢山共有した。そんなぺいは、今、あの世で神様から凄く賞賛されている。これで、ぺいは、あの世でも今まで以上に心地良く、新生活をスタート出来そうだ・・・。幸せそうなぺい。私も本当に嬉しい。いや、ぺい自身よりも、私の方が嬉しい。ぺいの事なら何でも負けない自信がある。「良かったな、ぺい!」とにかく、これで少し安心だ。本当に良かった。

 それにしても、ぺいの事は、一緒に暮らしていた時も良く考えていたけど、むしろ、この世にいなくなってからの方が考えている。四六時中とまではいかないけど、そんな感じだ。姿が目に見えるか、見えないかの違いはあるけど、ぺいの事を頭で思っている時間こそが本当の存在だと仮定するなら、あの世に行ってからの方が、ぺいの存在は確実に大きくなっている。最近、そんな事を思っている。そして、もし、頭の中で考えている時間を基準に考えたなら、ぺいは、いつまでも、私が、この世に生きている限り、私の心の中で生きているということになる。それは、この世、あの世という場所の違いはあっても、意識の中では、ある意味、何も変らず一緒に暮らしているという事になる。気持ちだって、一方通行ではなく双方向に繋がっているということは、この世からは、その確証は得られないけど、どこかで何となく繋がっている気がしてならない。それは、くじけそうになっても、こうやって多くの時間を割いて、ぺいとの思い出を記録に残そうとしている意思だってそうだ。そして、色々考えていると、ぺいがいなくなって、結局、変化したものは、この世に身体というものが、存在しているかどうかだけの違いのように思えてきた。でも、身体そのものの作りは、どの猫も同じだ。だから、個性なんてものは存在しないから、そこに特別な感情は生まれない。だったら、この世に身体が存在しているかどうかなんて大きな問題でないように思えてくる。でも、意識という心の領域は全く違う。意識という心には、全く同じものなんて絶対に存在しない。それこそが個性。だからこそ、それを失ったら代替するものが存在しないからこそ悲しいという感情が生まれる。だからこそ、心の中で思ってさえいれば、今も変らず存在していると言えるような気がする。私は、生きている限り、いつまでもぺいの事を心に思っていたい。その為にも、こうやって思い出や感じた事を記録に残している。

 そういえば、意識という心の事を魂と表現するなら、死んだあと、魂の入れ物である身体がなくなっても、魂は、どこかに本当に存在するのだろうか?そして、身体以外の場所に、魂が集まっているような場所が本当に存在するのだろうか?そんな事は分からない。でも、分からないということは、もしかしたら、存在する可能性があるということだ。そして、もし存在するのなら、そこでは、今まで以上にぺいには幸せに満ち足りた状態で過ごしてほしい。そして、あの世からの一方通行でも全然構わないから、私が、今も、こんなに悲しんでいるという事と、今でもぺいの幸せを心から願ってるという事が、ほんの少しでも良いから伝わってほしい。「ぺい、いつまでもぺいの事を思っているよ!」 

かくれんぼ

 「ぺい、いつまで隠れてんの?」「出てこいよ~、ぺい」「・・・。」「ダメだよ~、いい加減出てこないと・・・」

  帰宅して玄関のドアを開けても部屋の中は静まりかえっている。もう、ぺいが旅立ってから半年以上が経った。どこを探してみたって、どこにも居るはずがない。それが現実。そんな事、頭では良く分かってる。でも、気持ち的には、未だに現実を完全に受け入れられなくて、無意識のうちに訳の分からない事を口にしていた。

  そうは言っても、昔、帰宅してもぺいの姿が見えなくて、部屋の中を探してみたら人目に付かない押入れの奥で寝ているという事が稀にあった。また、あの時みたいに出て来るかもしれない。いや、出てきてほしい。ぺいが居なくなったのは何かの間違いであってほしい。私は、必死で何かに縋りたかったのだと思う。だけど、やっぱり、部屋の中は静まりかえったまま。どこを探したって見つかるはずがない。

  「ぺい、痛かったろ」「ぺいちゃん、痛かったよな・・・」「ぺい・・・」

   やっぱり、ぺいは骨になってしまったんだ。今は、骨壺の中にいるんだ。そして、今度は、骨壺の中にいるぺいに話し掛けてみる。もちろん、何も応えてなんてくれない。やっぱり、ぺいちゃんは、死んじゃったんだ・・・。「ぺい・・・」「もう、骨になっちゃったら何も喋れないよな・・・」一緒に奇跡を信じてきたのに・・・。また、胸の奥から悲しみが込み上げてきた。

  それにしても、あの日から何も変わっていない。予定通り、去年の末には引っ越しを終えた。でも、引っ越しても悲しさは全く変わらなかった。そうして、迎えた新年。テレビをつけてみても、外を歩いていても、日本中が、気持ちを入れ替えて明るい気持ちでスタートしよう!そんな雰囲気に包まれていた。そして、それは、さすがに少し気持ちがほぐれるきっかけになった。これから始まる年は、気持ちを切り替えて過ごしてゆくんだ!そんな気持ちになれた。そうして迎えた年だった。だけど、明るい気持ちで過ごす事が出来たのは、たったの一週間だけだった。結局、表面上の気持ちは一時的に変えられても、奥底にある気持ちは何も変わらなかった。もちろん、そんな事は、何となく最初から分かっていた。でも、表面上だけでも切り替える努力をしてゆかなければ、いつになっても奥底の気持ちなんて変化しない。そう思っていたのも事実だ。だから、新年という機会を活かして、何とか明るく過ごせるように努力してみたのだ。だけど、そんな自己暗示は、長くは続かなかった。やっぱり、ぺいの事が忘れられない。いや、本当は、忘れたくないんだ。もう、どんなに悲しくたって構わない。ぺいの事が好きだ。だから、いつまでもぺいの事を思ってたいんだ。もう、どんなに悲しくたって、どんなに辛くたって、そんなのは構わない。全部、受け止める。そして、もう、自分の気持ちに嘘はつかない。決して無理に忘れようともしない。悲しいものは悲しいし、忘れたくないものは忘れたくない。それが、自分の正直な気持ち。そうして、また、夜には、週に二日~三日、ぺいの動画や写真を見て涙を流す日々に舞い戻った。

  ちなみに、動画は、もう手の施しようがないと聞かされた後、暫くしてから撮り始めたものだ。動画には、私が、名前を呼べば、私の方に顔を向けてくれている姿が残っている。それにしても、どれほど苦しんだ事だろう、どれほど辛かった事だろう・・・。それなのに、私の方に顔を向けてくれている。あの時は、もう先が短くて死んでしまうなんて、そんな事、現実離れしていて信じれなかった。そして、到底受け入れられなかった。それと、ぺいに限っては、何か奇跡のようなものが起きて、なぜか不思議と助かるような気もしていた。だから、精神的に弱っているぺいに少しでも元気を出してほしくて、一緒に頑張ろうという気持ちを込めて名前を呼んでいた事を思い出す。そして、ぺいは、それに応えるように私の方に顔を向けてくれていた。一緒に奇跡を夢見て頑張ってきたのに・・・。 それなのに・・・。それなのに・・・。また涙が溢れてきた。ぺいは凄く頑張ってきた。そんなぺいを抱きしめてやりたい。長い間、本当に頑張ってきた。そんなぺいの頭をなでなでしてやりたい。「ぺい・・・」「ぺいちゃん、ごめんな・・・」「ぺいは、本当に良く頑張ったよ」「本当に、苦しい思いをさせてごめんな」「強制的に大好きなぺいちゃんの命を絶つ事なんて出来なかったんだよ」「ごめんな、ぺいちゃん」「許してくれよ、ぺいちゃん」「ごめんな、本当に本当にごめんな・・・」また、いつものようにぺいに話し掛けながら、床に置いた骨壺を手や顔で何度も擦りながら泣いた。

 そう言えば、死に際に立ち会えた事は、本当に良かったのだろうか?最期の日、悶え苦しみながら旅立った時の姿が頭から離れない。そもそも、苦しませない安楽死という方法だってあった。でも、そのような選択はしなかった。だから、本当に長い間、辛く苦しい思いをさせてしまった。私の判断は、本当に正しかったのか?「ぺい、ごめんな」「苦しめさせてごめんな」「蛆虫だって、もっと早く気づいてやれば良かったよな」「ごめんな」「痛かったよな」「本当に本当にごめんな」「ぺいちゃん、俺の選択は正解だったか?」「ぺいちゃん、幸せだったか?」「最後にそれだけで良いから聞きたいよ・・・」

 でも、私の選択は、ぺいの気持ちと全く一緒だったと信じている。なぜなら、最期を迎える少し前、ぺいは、数日前から振っていなかった尻尾を久々に大きく振ってくれた。あれは、最期が近い事を知らせてくれたのだと思える。そして、その後、ぺいがへちゃげてる前で、私が号泣して泣き終わった時、私の方に少しだけ頭を向けてくれた。あれは、最期を迎える一時間程前の出来事だった。だから、渾身の力を振り絞って、本当に最後の最後まで私の事を気に掛けてくれたのだと思える。それにしても、このように思えるという事自体、凄く嬉しい。私は、凄く幸せ者だと思う。何から何まで、ぺいには感謝してもしきれない。「ぺい、本当に本当に、ありがとうな・・・」

引っ越し

 あの日から二か月。トイレの砂、食器、爪研ぎ・・・、ぺいが使っていたものは、何一つとして動かさないでいた。それは、一つ一つ、全ての物が、ぺいの一部のような気がして、ずっと、このままにしておこうと思ったからだ。もちろん、それらを目にすると、寂しさを感じる事もあった。でも、もしかしたら、ぺいの魂は、まだ、この部屋の中にいるかもしれない。もし、そうだとしたら、何か一つでも片付けてしまうと悲しませてしまう。そんな事も考えて、そのままにしてきた。

 ところで、ずっと、ぺいと一緒に暮らしてきた部屋は、もう入居してから十四年。随分前から経年劣化が目立つようになった。それと、ここに引っ越してきた当時は、駅から近い割には静かな環境だったのに、今では、深夜の時間帯が一番騒がしいという環境になった。そう言った訳で、数年前、真剣に引っ越しを考えた。でも、残念ながら、犬とならまだしも猫と一緒に暮らせる賃貸物件というのは本当に少ない。もし見つけても、駅から遠い場所だったり、築年数が相当古かったりしたので諦めた。でも、もうぺいはいない。だから、直ぐにだって引っ越すのは可能なのに一ヶ月程前から悩んできた。それは他でもない。ぺいと長年暮らしてきて思い出の詰まった部屋から出てゆく事に未練があったからだ。ただ、他にも理由はあった。それは、もしかしたら、ぺいの魂は、この世にいるかもしれない、そうすれば、この部屋に戻ってくるかもしれない。もし、その時、自分がいなければ困惑するだろう。そんな事も気になったからだ。そもそも、猫は、住み慣れた場所にいた方が心地良いに決まっている。それなのに、引っ越しで遺骨を移動させてしまったら負担を感じさせてしまう。そんな事も思った。そうして色々考えていると、今、別に無理に引っ越さなくたって、また一年後ぐらいに考えれば良いかな・・・とも思えた。ただ、その一方で、今住んでいる部屋の契約更新まで、あと残り八か月という事もあったし、新年は、半ば強引にでも新しい場所で新たな気持ちで迎えた方が良い気もした。本当に色々考えた。そうして、最終的には、年内に引っ越そうと決めた。

 そう決めたからには、早速、新しい物件探しと、部屋の中の整理を行わなければならない。 まずは、そのままにしていたものの一つで、一番片付けの大変なトイレに手をつける事にした。まだ、猫砂も入ったままだ。そこで、猫砂をすくって袋に詰める事にした。すると、突然、砂の中から、一・五センチぐらいのウンチが一つ出てきた。たまたま、回収しきれずに残っていたようだ。もう、随分、月日が経っているから乾燥して固くなっている。そういえば、ぺいが元気な時には、ウンチは、元気のバロメーターだと思えて嬉しかった。でも、今となっては、ぺいの一部に思えて愛おしさすら感じる。どうしよう?いつものように捨ててしまおうか?でも、もし、このまま捨ててしまったとしたら二度と取り返しがつかない。そこで、ウンチは、ラップに包んで、仏壇の引き出しの中に保管した。そうして、引き続き別の場所を整理していると、今度は、ぺいが元気な頃、良く寝て過ごした寝床に抜け毛を見つけた。この寝床は、クローゼットの奥にある高い場所だ。だから、日頃、目につかないから、特に掃除なんてしていなかった場所だ。猫は本当に良く毛が抜ける。そんな抜け毛は、服にも纏わりつくから無用の長物だった。でも、そんな毛だって、今では、ぺいの貴重な一部に思える。そして、本当に愛おしい。そっと、見つけた抜け毛に触ってみた。この感触。もう二度と触れる事なんてないと思っていた。昔、ぺいを撫でていた時、手に感じていたあの感覚。本当に懐かしい。もう二度と感じる事なんてないと思っていた。それは、ぺいが突然、この世に戻ってきてくれて出会えたような感覚だった。そうだ!この毛さえ保管しておけば、いつでも、大好きだったぺいに触れる事が出来る。あの頃に戻る事が出来る。あれほど無用の長物だと思っていた抜け毛なのに、今は、その毛に触れられるという事が、本当に心の底から凄く嬉しい。でも、考えてみれば、そもそも、こんなに嬉しく思えるって事自体、ぺいに感謝すべき事なんだと思う。そして、一回きりの人生において、そのように思える存在に出会えたという事自体、凄く幸せな事なんだと思う。ぺいありがとう!ありがとうな!この毛も絶対に残しておく。直ぐにそう心に決めた。そして、毛を出来る限り沢山かき集めた。この毛は、ぺいそのもの。ぺいの分身でもある。私にとって、唯一無二の一番の宝物になる。何か抜け毛を入れられる良い入れ物はないかな?ちょうど良い感じの小さな透明のケースを部屋の中に見つけた。これは、何の入れ物だったっけな?全然思い出せない。でも、毛を入れるには、ちょうど良い感じだ。その見つけたケースの中に毛を詰めた。そして、その毛の詰まったケースも、ウンチと同じように仏壇の引き出しの中に納めた。

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 部屋の整理を始めて数日。だいだい整理が終わった。それにしても、思っていた以上に、ぺいに関するものが多かった。爪研ぎ板や、一緒に遊んだおもちゃ、その他色々。もう、ぺいはいなくなったから全部不要といえば不要だ。だけど、ぺいが使っていたものだと思うと、何一つとして捨てる気になんてなれない。そこで、どんなに細かいものでも、引っ越し用の大きな箱に詰めて、引っ越し先に全部持って行く事にした。ただ、トイレは大きくて同じ箱には入りきらなかった。だけど、別の箱に入れて一緒に持って行く事にした。 

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楽しい思い出の意味

 月命日の翌日、朝、いつものように仏壇に供えてある水を取り替えた。そう、仏具が届いてからは、朝晩、生前と同じように毎日欠かさず新鮮な水に取り替えている。それにしても、前日の余韻が思いっきり残っている。でも、今日は仕事だ。気持ちを切り替えなければならない。ただ、そうは言っても、ぺいだって、私が、悲しむという事自体は、どちらかと言えば喜んでくれるように思える。しかし、仕事にまで影響してしまったら絶対に悲しむだろう。まさか、ぺいを悲しませるなんて出来ない。そんな事を頭に思いながら会社に着いた。とにかく、気持ちを切り替えないと・・・。一心不乱、仕事の事以外は、一切考えないように、いつものように、いや、いつも以上に仕事に集中した。そして、時間は過ぎてゆき、ようやく退社出来る時間になった。やっと家に帰れる。これで、やっと、ぺいと一緒に過ごせる。また、明日の朝まで、ぺいの事で頭を一杯に出来る。帰りの電車の中、そう思うと嬉しくて仕方なかった。そして、家路を急いだ。

 そうして、自宅に到着した。本当に嬉しい。「ぺいちゃん、帰ったよー」玄関の扉を開けて、いつものように、帰ってきた事を声に出して伝えた。もちろん、もう、返事はないし、出迎えてくれる訳でもない。だけど、帰ってきたという事を、仏壇という場所で尻尾を振って喜んでくれているように思える。いつものように、水を取り替えてロウソクと線香に火を点け、おりんを鳴らして手を合わせた。ちなみに、おりんは、いつも三回鳴らしている。なぜなら、火葬の直前、最後のお別れの時に鳴らした回数が三回だったからだ。あの時から、ぺいの事を思う気持ちは何一つとして変わっていない。その事が、ぺいに伝わると良いな。そう思いながら、いつも、気持ちを込めながら鳴らしている。

 そして、その後は、少し用事があったので再び外出した。そうして、夜の九時過ぎに帰宅。もう、これで今日は、外出する予定は一切ない。これで、完全に落ち着いて過ごせる。そう思いながら部屋に入った。もちろん、直ぐに、仏壇にいるぺいが気になった。骨壺の覆いに書いたぺいという文字。今となっては、骨というものにつけた名前。ぺいは、ぺいという名前は、もう、骨の事、骨の名前なのか・・・。あらためて、そんな事を思った。そして、そう思った途端、胸の中に抑えていたものが、止めどもなく溢れてきた。それは、日中の間、ずっと、胸の中に押し込めていたものに他ならなかった。ぺいの事を抱きしめたい。抱きしめてやりたい。仏壇の中の骨壺を取り出して、ぺいが旅立った場所に置いてみた。ぺい、お前は、ここで苦しんで旅立ったんだよな・・・。そう思うと、悲しくて悲しくて涙が溢れてきた。「ぺい、ごめんな」「ごめん、ぺい、なんで死んじゃうんだよ」「ぺい、行くなよ」「なぁ、ぺい?」「どうしてこんな姿になっちゃたんだよ!」「助けてあげられなくてごめんな・・・」骨壺を身体全体で包み込むように抱きしめて、骨壺に顔を押し当ててみたり、骨壺を擦ったり、とにかく色々な事を話しかけた。もちろん、抱きしめたのは、ぺいの骨なんかではない。ぺいの魂だ。

 もう、あれから一か月が経った。それなのに、悲しみは全く色褪せない。ぺいは、私にとって、唯一無二の存在だった。もし、これから先、宇宙の歴史がどれだけ長く続いたとしても、どれだけ強く願ったって、ぺいと同じ猫には、絶対に二度と出会えない。果てしなく続く宇宙の時間。そんな時間の中で、同じ時代に出会い、同じ場所で過ごしてきた。でも、もう、いくら願っても二度と同じ出会いは訪れない。それが現実。そして、そんな現実が、波のように何度も何度も心に打ち寄せる。でも、ここまで思うという事、ここまで思えるという事は、ぺいという存在が、どれほど大切な存在だったのかという事なんだろうと思える。そして、そんな事を思ったら、さらに悲しみが込み上げてきた。もう一度、もう一度だけでいい、最後に、もう一度だけ抱きしめてやりたい。もう一度だけでいい、もう一度だけでいいから、とびっきり、やさしい声を掛けながら、ゆっくり頭をなでなでしてやりたい。もう一度、もう一度だけでいいから・・・。

 でも、それは、どんなに望んでも叶わない。どうして?どうしてなんだよ!折角、念願だった廊下に出してあげたというのに・・・。折角、忘れられない思い出を作ってあげたのに・・・。そんな思い出を刻んだ脳は、もう全部焼けてしまった。脳も、思い出も、全部燃えて綺麗さっぱり何もかもなくなってしまった。この世に生まれて、私という人間に出会って、ずっと、一緒に暮らしてきた。その中で感じてきた沢山思い出。興奮した事、楽しかった事、嬉しかった事、本当に沢山の思い出があった事だろう。それなのに全部なくなった。どうして?どうせ最後は、全部なくなってしまう。だったら、どうして生きている時、少しでも楽しい思い出を作ろうとしたのか?どうせ、死んだら全部なくなってしまう。だったら、楽しい思い出を作る事に何の意味があるんだよ?自問自答してみても分らない。「ぺい、死にとうなかったなぁ」「折角、いい思い出作ってやったのに、死んだら元もこうもないじゃないか?」「なんで死んじゃうんだよ!」そんな事を何度も尋ねてみる。もちろん、何も答えてくれない。骨壺を移動させてから三十分ほど経った・・・。目を開けてみると、骨壺の周りに、涙の粒が無数に見えた。

 

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