「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
事実を、感じた事を、ありのままに全て包み隠さず残します。

■エピローグ

 正直、書くのが辛かった。

 もう、これ以上書くのは、精神的に無理・・・。そして、過去を、記憶を、振り返ることが、あまりにも辛くて筆の進まない時期が数えきれないほどあった。特に後半の第四章以降は、何度も涙を流しながら、ある時は、涙をこらえながら筆を進める日々だった。また、あの悲しみの記憶を、さらに、詳細に思い出しながら辿る時間。最初は、もう一度、あの悲しみを繰り返し経験する事と同じだと思った。そして、どうしてあの時、気づいてやれなかったのか?さらに、そんな後悔を繰り返す日々が続いた。何度も「ぺいちゃん、ごめんな、ぺいちゃん、痛かったよな、ごめんな、ごめんな」と、文字を入力している最中にパソコンの前でうつ伏せになって数えきれないほど泣いた。だから、単純に同じ経験をするよりも遥かに辛い日々を過ごした。そして、悲しみを繰り返していた時に、ふと感じたことがあった。それは、これほどの悲しみは、溺愛の我が子を十一歳で失った時の悲しみと絶対に同じだ!・・・という感覚だった。私には、人としての我が子はいない。だから、実際に本当に我が子を失った時の悲しみは想像でしかない。でも、私は、絶対に同じだと断言出来た。

 

※次回は、、、

「■エピローグ ー(仮題)猫を人間と同じように愛せる理由」です。

 現在執筆中です。時間が出来た時、気長に書いていますので暫くお待ち下さい。

変らないもの

 間もなく、ぺいが旅立った日から二年半が経とうとしている。そして、もし、今も生きていてくれていたなら、今日は、十四歳の誕生日。きっと、どんなスペシャルメニューでお祝いしようか、一週間ほど前から色々と頭に思い描いていたはずだ。そして、そんな食事を目を丸くしながらガツガツと喜んで食べてくれる様子が嬉しくて、「長生きしろよ!」なんてことを思っていたに違いない。ちなみに、今、この文章を書いているのは、ぺいの月命日である二〇一七年一月二十三日だ。このところ、なかなか筆が進まなくて、いつもの神社で、「良い文章が書けるように頑張るので、どうか力をお貸し下さい」と、神様に手を合わせてきたばかりだ。そうしたら、不思議なもので急に筆が勢い良く進み始めたのだけど、同時に涙が凄く溢れてきた。そう、もうあれから随分年月が経った。それなのに、時折、未だに悲しみが胸の奥から込み上げてきてしまう。

  昨日は、月命日という日を迎えるにあたって、まず、仏壇や仏具などを全部綺麗に拭いた。綺麗に拭くというのは、ぺいは、いつも綺麗好きだったからということもある。それと、鳥肉を茹でたものをほぐして仏壇に供えた。なぜ、肉をほぐすのかというと、口の癌のせいで食べ物を食べにくかったからだ。そう、今も、ぺいは、私の心の中で変わらず生きている。もちろん、昔と比べれば姿は変わったし「ニャー」という声だって聞こえてこない。だけど、私の心の中では確実に生きている。だから、仏壇を綺麗に拭けば喜んでくれるように思えるし、生前、目の色を変えて食べてくれていたものを供えたら、凄く喜んで食べてくれるように思えるのだ。

  そういえば、生と死について思うことがある。それは、生きていても心の中に全く存在していなければ、死んでいるのと同じことだと思うし、逆に、死んでいても心の中に生きていれば、それは、生きているのではないかと思えるということだ。だから、肉体的な存在がなくなったからといってイコール死とはならないような気がしている。そうした理由もあって、仏壇の生花は、一周忌まで一日たりとも絶やさないようにしてきた。また、短い命を謳歌している元気な花に常に取り替え続けることで、ぺいの魂に生のエネルギーのようなものを送れる気がした。ぺいのことを心の中に少しでも変わらずに思っていたい。そんな気持ちで一杯なのだ。だから、いつも持ち歩いているスマートフォンには、毎月、月命日の十三時半にはアラームが鳴るようにセットしてある。もちろん、仕事中でなければ黙祷しながら手を合わせて、仕事中であれば心の中で手を合わせるようにしている。それは、月命日の旅立った時刻には、ぺいの事を必ず頭の中に思っていたいからに他ならない。でも、そんな時、いつも思い出してしまうのは、やはり、あの絶命した最期の瞬間だ。

  それと、最後に話を少し変えて、毎日続けている事について書いておきたい。まず、一つ目は、お供えの水交換だ。水は、生前と全く同じように朝晩の二回、必ず新鮮なものに取り換えるようにしている。もちろん、水を注ぐ容器は毎回綺麗に洗っている。それと、長い間、水が飲めずに辛かったと思うので、新鮮で美味しい水を好きなだけ飲んでほしくて、水は溢れんばかりに注ぐようにしている。そして、「ぺいちゃん、水、いっばい飲めな~」といった言葉を添えて仏壇に供えるようにしている。このようにして取り替えている水は、旅行で家を空けた数日だけは取り替えることが出来なかったけど、それ以外は、一日たりとも欠かさず続けている。新鮮な水を供えれば喜んでくれているように思える。だから、手間に感じたことなんて一度たりともない。むしろ新鮮な水を供えるということが喜びでもある。もちろん、夜、水を交換する時には、ろうそくと線香にも火を着けて手を合わせるようにもしている。それと、もう一つ毎日続けていること。それは、仕事で外出する時には、ぺいの頭を擦ってやるイメージで骨壺の覆いを擦って、「ぺいちゃん、仕事頑張ってくるからな~」と伝えて、逆に、仕事から戻った時には、「ぺいちゃん、帰ったよ~」と、声を掛けるようにしているということだ。そんな時、もし、一日を順調に気分良く終えられた時には、「ぺいちゃん、ありがとうな!」「ぺいちゃんのおかげだよ!」といった事を伝えるようにしている。もし、逆に、辛いことがあった時には、「ぺいちゃん、どうしたら良い?」「ぺいちゃん、助けてくれよ~」といった言葉を、ついつい投げかけてしまう。もちろん、別に何かアドバイスをくれたりする訳ではないのだけど、でも、それは、何も生前と変わっていないこと。もちろん、姿は変わったし、「ニャー」という鳴き声だって聞こえてこないけど、心の中にいるぺいという存在は、何も変わっていない。逆に存在が大きくなっている一面さえある。だから、もし、日常の生活で良い事があれば、ぺいが見守ってくれていたからのように思えるし、逆に、悪いことがあれば、未だに励ましてくれたり慰めてくれる。それを心で感じている。結局、生きているかどうかは、姿形が存在しているかではなくて、心で何を感じているかの方が大切に思える。なぜなら、心や感情というものこそが、生きている証に他ならないからだ。ぺいは、もう骨になってしまった。すっかり、生前の姿とは変わった。でも、未だに励ましてくれたり慰めてくれている。そんな事実。本当にありがたい。ぺいという存在に本当に出会えて良かった。一緒に暮らせて本当に良かった。日々、そんなことも思いながら手を合わせている。

(Dear.ぺいちゃん ...ブログ内のみ期間限定公開)

 



祈りの場便り

 仏具を取り揃えたインターネット上の某ショップには、「祈りの場便り」というコーナーが設けられていて仏具を購入する際に拝見したことがあった。そのコーナーでは、そのショップで仏具などを購入した人が、旅立ったペットへの思いを投稿していて、ペットの元気な頃の写真や供養している写真も添えられている。それらの投稿を見て思った。自分だけじゃないんだ!みんな悲しかったんだ。みんなペットのことが大好きだったんだ。それで、ほんの少しだけど元気を貰えたような気がした。そうだ!いつか自分もここに投稿しよう!もし、ここに、掲載すれば、ぺいが最後の最後まで頑張ったことを少しでも多くの人に知ってもらえる。そして、そうすれば、きっと、ぺいだって喜んでくれる。もう、旅立ったぺいには餌もあげれないし、だから、ぺいに喜んでもらえることは本当に限られている。だけど、ぺいが喜んでくれそうなこと、そんなことを見つけられて嬉しかった。そして、悲しみに暮れる中、投稿のタイミングを考えることにした。

 それから、月日は流れ、数か月経ったある日のこと。そうだ!一周忌の時に、その様子を写真に撮って投稿しよう!そう思った。そして、そう決めた時には、ぺいとの闘病日記を本にしたいと思いつつ執筆していたので、そのことについても、折角なので触れたいと思った。

 そして、再び月日は流れ、無事、一周忌を終える事が出来た。そう、あの日、投稿を決めた日から、どんな事を投稿しようか少し考えながら過ごしてきたけど、例えば、ぺいに癌が見つかってから一周忌までの間に感じてきたことや、ぺいとの闘病日記を本として完成させる事が出来たら「ぺい、ありがとう!」という言葉を添えて神棚に供えたいと思っていたので、そんなことにも触れたいと思っていた。そして、そのようなことを文章にしてみた。ちなみに、一周忌を終えた時には、まだブログを立ち上げてなかったので、ぺいという猫がいた事を広く世間に初めて紹介するものになる。そんな訳で、文章の作成には少し時間が必要で、結局、一周忌から五日目に完成した。あとは、文章に添える写真だ。写真は、掲載スペースの問題で二枚程のようなので、どの写真にするか考えることにした。元々、一枚は、一周忌の時の写真にするのは決めていた。だけど、残るもう一枚は、生前の元気だった頃の写真にするか、それとも、闘病中の写真にするか、少し悩んだ。それで、元気な頃の写真にした。やっぱり、元気だった頃の方が圧倒的に長かった訳だし、悲しい写真ばかりだと、なんだか違うと思ったからだ。そうして、完成した文章と二枚の写真をショップの掲載受付先であるメールアドレスに送った。

 翌日、仕事を終え、自宅のPCでメールの受信トレイを確認してみると、早速、ショップから返事が届いている。それで、返事を読み始めて直ぐに感じたことがあった。なぜなら、それは、凄く嬉しかったからだ。私は、てっきり、あくまで事務的に受付けましたという返事が返ってくるのだとばかり思っていた。でも、そうではなかった。メールの文章は、短い文章ではあるけども投稿者である私の心情を本当に良く察してくれたものだったからだ。もちろん、返事には、投稿した文章と写真の掲載予定日も記載されている。そこには、明日の日中と書かれてあった。

 翌日。もちろん、朝から、凄くワクワクしながら過ごしていた。これで、また、一つ、ぺいに喜んでもらうことが出来る。そう思うだけで嬉しかったからだ。そして、昼の休憩時間、スマートフォンから掲載されているか確認してみると、メールで送っていた文章や写真が本当に掲載されている。感無量!そんな感覚だった。感無量なんて大げさに聞こえるかもしれない。でも、本当に嬉しかった。私は、心の中で直ぐにぺいに報告した。「ぺい、これで、みんなに知ってもらえるからな!」「これで、一生懸命頑張ったことを知ってもらえるからな・・・」これで、ぺいの苦しみが少しは報われる。きっと、ぺいは喜んでくれている。私は、暫し至福に満ち足りた時間を過ごした。

 そうして、夜になり、今度は、自宅で、あらためてパソコンから確認してみることにした。やっぱりパソコンで見た方が見やすい。あらためて嬉しさが込み上げてきた。それで、早速、掲載されている部分を印刷することにした。なぜなら、それは、明日、母に見せよう!そう思ったからだ。正直、母に文章を見せるのは小っ恥ずかしい。でも、母は、ぺいから見れば間違いなく恩人のような存在のはずだ。だから、公の場に掲載したことを母に知らせておくことは、ぺいの意思であり願いのように思えた。

 

アルバム

 アルバムの購入をどうするか、丸一日、考えてみた。だけど、特に心境に変化は起きなかった。そんな訳で、帰宅後、直ぐに注文することにした。それは、一周忌にすべき事として、少しでも早くアルバムを完成させたかったからだ。そして、その後、一周忌から四日後、手元にアルバムが届いた。もう少しでアルバムを完成させられる。そう思うと本当に嬉しかった。早速、梱包を解いてみる。想像していた通りの商品だ。このアルバムには、百枚の写真を挟むことが出来る。そこで、生前に撮影していた写真の中からアルバムに残しておきたいものをプリントすることにした。そして、そのプリントしたものと、元々、本当の写真として存在していたものを合わせたら、全部で七十八枚になった。今度は、これらを挟んでゆく順番だ。ただ、順番は、年月の古いものから順番に並べてゆこうと直ぐに思った。そうしておけば、出会いからの思い出を順番に辿ることが出来るからだ。それにしても、完成したアルバムのページを一枚一枚捲っていると、直ぐに最後のページになってしまう。考えてみれば、ぺいと暮らした年月も、本当にあっという間だった。いまさらだけど、もっと、一日一日を大切に、もっと、最大限の愛情を注いでやれば良かった。どうしても、そんな後悔のようなものが湧き出てくる。もちろん、一緒に暮らしていた時は、その時々で、それなりに愛情を注いできたつもりだ。猫の一生だって、十数年だということも認識していた。でも、それは、今思えば、やはり、所詮、漠然とした感覚だったようにも思える。そして、そもそも、もし、別れが凄く悲しいものだとしても、まさか、こんなに悲しい思いをするなんて思いもしなかった。完成したアルバムのページを捲るたびに本当に色々なことを思う。それにしても、やっと、ぺいとの思い出をアルバムという形にすることが出来た。もちろん、このアルバムは、母とも共有したいと思って作ったものだ。ぺいを病院に何度も連れて行ってくれたり、色々面倒を見てくれた母。そんな母にぺいのアルバムを届けられることが嬉しかった。そんな訳で、翌々日、アルバムを持って母の家に出向いた。もしかしたら、ぺいが、母に会いたいと思っていたから、以心伝心で、なおさら嬉しかったのかもしれない。

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一周忌

 あの日から一年。これまでの一年という時間は、ぺいと別れることになった最後の一年を、再び辿るかのようで辛い日々だった。そうして迎えた命日という特別な日。絶対に、とびっきり立派で、世界一、人間から愛されていた猫に相応しい命日にしてやるからな!そう思いながら過ごしてきた。それにしても、一周忌が日曜日という巡り合わせが凄く嬉しかった。なぜなら、一日中、心の中を全部ぺいの事だけで埋め尽くして過ごせるからだ。でも、もしかしたら、これは偶然の巡り合わせではないのかもしれない。実は、ぺいと神様が最初から設定してくれていたのかもしれない。なぜかそう思えた。

  ぺいが旅立ったのは、十三時半だった。でも、十三時頃から凄く苦しみ始めた。だから、命日を迎えるための準備は早めに済ませて、十三時から仏壇の前でぺいの事を偲ぶ予定でいる。そんな訳で、今日は何かと忙しい。もちろん、母も、昼頃、来てくれる事になっている。

  まずは、とにかく命日は、真っ先に神社にお参りをしようと決めていた。だから、朝、九時半頃には家を出た。そして、いつもと同じように拝殿の前に立ってみた。本当に神様には感謝の気持ちでいっぱいだ。命日という日を前に、あらためて神様に何を伝えるべきか考えてみたけど、とにかく伝えたいことは一つだけだった。「神様、ぺいと本当に会わせてくれてありがとうございます」これだけだ。でも、心の底からそう思えた。もちろん、ぺいを失ったことは悲しかった。でも、一度きりの人生、もし、人生の意味が、喜怒哀楽による思い出を少しでも多く綴る事なのだとしたら、こんなにも色々と感じることが出来たということ自体、本当に恵まれていたのだという捉え方だって出来る。そして、そのように考えると、逆に全てが凄く感謝すべきことのように思えてくる。不思議なものだ。もちろん、今日は、ぺいにも、あらためて心の中で思っていたことを一つ一つ伝えたかった。「ぺい、色々なものを残してくれてありがとう」「ぺい、楽しい時間を本当にありがとうな」「ぺいと出会えて良かったよ」「いつまでも忘れないよ」「天国で幸せになれよ」「幸せに過ごせよ」もちろん、ぺいの近くには神様もいるように思えた。だから、今、ぺいに伝えた気持ちが、そのまま神様にも届くと良いなと思った。それは、あらためて一周忌という特別な日に、ぺいに感謝の気持ちを示したことで、もっと、ぺいが、神様や周りの猫から羨ましがられて幸せに暮らせると良いなと思ったからだ。こうして、まずは、朝一、この一年という年月の中で整理出来た正直な気持ちを神様とぺいに伝える事が出来た。そして、拝殿を背にして神社を出るとき、節目という日に、しっかり気持ちを整理出来たような気がして、少し気持ちが楽になった。

 そうして、今度は、そのままの足で花屋へ向かうことにした。花といえば、ぺいが旅立って間もない頃から、仏壇には生花を一日たりとも欠かさないようにしてきた。そして、特に、毎月の月命日には、必ず新しい生花に取り替えてきた。それは、なぜなら、生花を絶やさず、月命日には、活き活きとした生花を活けることが、ぺいに対する気持ちを表すもののように思えたからだ。そして、「ぺいは花より団子だったけどな~」なんて事を口にしながら枯れてきた葉や花が目に付いたら毎日のように手入れを続けてきた。もし、花が途絶えたり枯れてしまっては、ぺいに申し訳ない。そんな感覚があった。でも、面倒なんて微塵も感じなかった。むしろ、新しい生花に取り替えたり、花の手入れをしていると、ぺいが喜んでくれているような気がして嬉しかった。そういえば、手術を無事に終えて延命が叶って無事に桜の季節を迎えることが出来たあの日、桜の花を見た時のぺいは、きょとんとしていたけど、あの時、思っていた事が、それが叶わなかった事が、花の手入れをしている時、頭に蘇ってきて涙が出てきた事もあった。

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 そして、花屋に到着した。開店直後だ。店頭には活き活きとした花が所狭しと並んでいる。とにかく今日はぺいが旅立った日。特別な日だ。だから、私のぺいに対する目には見えない思いを、今日は、目に見える花で思いっきり表現出来る日だと思ってきた。そして、予算としては、何となく三千円から四千円程度で考えている。まずは、百合の花を真っ先に探すことにした。火葬の時もそうだったけど百合の花は必ずと思っていたからだ。百合の花を見つけたら、夏という季節柄、ひまわりの花が目に留まった。ひまわりは、明るい黄色で四方八方に大きく開いた花なので、本当に活き活きと、そして、伸び伸びと、理想的な生き方を表現しているように思えた。そんな訳で、ひまわりの花も加えることにした。あとは、高価な南国の花やバラの花も大切なぺいに相応しい花のように思えたので迷わず加えることにした。もちろん、菊の花だって、一色ではなくて色々な色のものを揃えた。そうして、とにかく、たくさんの花を買って自宅に戻った。でも、いつもの仏壇の周囲には狭くて上手く花を飾れそうにない。そこで、部屋の隅に仏壇を移動して、その周囲に豪華に飾ることにした。それと、命日のお供え物は仏具だけを使用するのではなくて、生前に使用していた食器も使用して豪勢にしたいと思っていたから、引越しの時に遺品を纏めていたダンボールを引っ張り出してきて、その中から食器を探した。それにしても、どの遺品を手に取ってみても、その一つ一つに本当に色々な思い出がある。そして、全ての遺品が、ぺいの分身のように思えてくる。見つけた食器は、今一度、綺麗に洗って仏壇の前にセッティングした。

 そうやって、準備を進めていると予定通り母が到着した。母は、ぺいが生前に目の色を変えて食べた豚肉を湯通ししたものを持参してくれている。そして、それを、お供えして手を合わせてくれた。私は、凄く豚肉を持参してくれたことが嬉しかった。そして、それは、ぺいの喜びのようにも思えた。そんな母は、正午頃には、用事があるという事で、一時間程、部屋で過ごして帰った。私は、ぺいが旅立った時刻には、母と部屋で一緒に過ごす事になると思っていたけど、色々と用事があるようなので仕方がない。とにかく、お供え物をして、線香をあげる為に、暑い中、遠路を自転車で来てくれた事が嬉しかった。

 さぁ、私も、お供えものをしなくては!私もぺいのために豚肉と鶏のもも肉を買ってきている。でも、豚肉は、母が、お供えしてくれたので、私は、鶏のもも肉を、たっぷり湯通しして食器の中に入れた。ぺいには、最後に、もう一度、本当にお腹いっぱいに美味しいものを食べてほしかった。それと、生前は癌で水が飲めなくて喉が凄く渇いただろうから、飲み物の食器には、たっぷり水を入れた。今日は、思う存分に食べて飲んでほしい。そうして、そんな事を考えながら諸々準備を終えた。ちなみに、今日、使用するロウソクは、月命日だけに使用してきた燃焼時間が長くて少し値段の高いロウソクだ。ついに、一時になった。そこで、ロウソクと線香に火を点けた。燃えるロウソクの炎を眺めていると、一年前の出来事が鮮明に蘇ってくる。辛い。ロウソクの炎が消えた。時間は、一時十五分過ぎ。まだ、ぺいが旅立った時刻までは時間がある。また、続けて新しいロウソクと線香に火を点けた。今度、この二本目のロウソクが消えるまでの時間、それは、ぺいが最後の最後に苦しんでいた時間になる。そして、今燃えているロウソクの炎が消えた時、それは、ぺいが息を引き取って間もないタイミングということになる。私は、目を閉じた。そして、ロウソクの炎が消えるまで、ひたすら黙祷して、ぺいの事だけを一心に思いながら過ごす事にした。それは、一年前のぺいの苦しみを、あらためて感じ、共有することで、ぺいの苦しみを少しでも和らげてあげたいと思ったからだ。それにしても、目を閉じていると途方もなく時間が長く思えた。鼻に煙の臭いが漂ってきた。目を開けてみるとロウソクの炎が消えている。永遠には続かない炎。炎と命の灯火が重ってしまう。時計を見ると、一時三十五分だった。

 ついに終わった。あれから一年。再び、同じ日、同じ時刻が過ぎた。一周忌という日は、とにかく大きな節目に思えた。さぁ、片付けなければ・・・。仏壇は、部屋の中の常に行き交いする場所に移動したので、このままにしておく訳にはいかない。そこで、片付ける前に、一周忌という節目を写真や動画に納めておく事にした。写真は、仏具を取り揃えたインターネット上のショップにペット供養のコーナーがある事を知っていたので、そこに投稿する事で供養の一部にしたかったし、ぺいと一緒に癌と戦った日々を本にしたいとも思っていたので、写真を撮っておけば本の中で紹介出来ると思った。一方、動画の方は、特に撮影目的はなかったけど、この日の様子が全て音と一緒に記録出来るので、ついでに撮影しておこうと思った。

それにしても、昨年末、この引っ越してきた場所は、以前に住んでいた場所よりも神社に近くて、窓を開けていると神社の木々からぺいの大好きだった蝉の鳴く声が大合唱のごとく聞こえてくる。でも、今こうやって鳴いている蝉たちは、この夏限りの命。決して来年を向かえることはない。生と死。生に永遠はない。ぺいは、自らの死を悟ったとき、どんな気持ちで残された時間を過ごしたのだろうか?そういった事を色々と思いながら写真と動画の撮影を終えた。これで一周忌という大きな区切りが終わった、あらためて丸一年という時間が経過したのだと思った。そして、最後に仏壇を元の場所に戻して、生花は仏壇の横にスペースを確保出来たので、そこに飾ることにした。 

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 時間は流れてゆく。あの日と同じ夏の今日という日も刻々と時間は過ぎてゆく。夜になり、ぺいと出会ってからの思い出を、あらためて振り返っておこうと思った。出会って間もない頃に使い捨てカメラで撮影した懐かしい写真や、パソコンの中に保存してある写真や動画を見ながら過ごしていた。そして、その時、ふと思った。ぺいの生涯を綴ったアルバムを作ろう!もちろん、アルバムは、ぺいに贈ることなんて出来ない。だけど、私が、ぺいの事を思いながらアルバムを作ったら、きっとぺいが喜んでくれる。そう思えたからだ。そこで、インターネットで、「猫 アルバム」というワードで、何か良い商品がないか検索してみると、幾つか猫のアルバムを見つけることが出来た。それにしても、インターネットというものは本当に便利だ。ただ、アルバムは、ずっと形として残る大切なものになる。そう思ったので、一晩だけ注文を見送って、明日になっても、何も心境が変化しなければ注文しようと思った。こうして、一周忌という日は、ぺいが喜んでくれたであろう事を想像しながら、無事に一周忌という日を終えられた事も嬉しくて、とにかくそんな感じで満足感を抱きながら眠りについた。

 そして、翌日。朝、いつものように真っ先に仏壇に視線を向けた。すると、なんとなく、なんとなくだけど、ぺいが、もう、この世から本当に、そして、完全に旅立ってしまったような感覚があった。それは、初めて感じた凄くさびしい感覚だった。でも、この世に全く未練を残すことなく、最後に、「ありがとう!」という言葉を残して本当に旅立ってくれたような・・・、そんな気がした。もしかしたら、魂というものは、一周忌という日を迎えるまでは、この世に少し残っているものなのかもしれない。だけど、あれから一年が経ち、あの息を引き取った時刻に、もう一度、ぺいの事を見送ったことで、きっと、微笑みながら気持ち良く、この世から離れることが出来たのではと思えた。そして、それが、何よりも嬉しく思えた。