「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
ありのままの事実を、感じた事を全て残しておくことにしました。

五月二十二日(木)

 今日は放射線治療八回目。長かった治療も今日で予定通りだと最後になる。四月十日の二回目の通院から、ずっと母にお願いしてきたけど、最後は、今後の治療方針について先生が相談したいとの事で、私が、行くことした。ちなみに、この一週間の様子は、それなりに元気はあったけど、放射線治療の影響で、かなり倦怠感を感じている様子だった。やはり、放射線治療は、今回までが限界で、これ以上の継続は無理そうに思えた。 

 それともう一つ、三、四日ほど前から少し気になっている事がある。それは、食事の時に、下顎の前歯が食器にあたって「カチッ!カチッ!」と、音がするようになったという事だ。どうして音がするのかと思って食事の時に観察していると、下顎の歯が少し手前に傾くように突き出して、その歯が食器に当たっている。普通なら上下の前歯で食べ物を挟んで口の中に運べるはずだけど、それが困難になりつつあるようにも見える。そういえば、先生は、手術した後、口の形は、どうしてもある程度崩れてしまうのは避けられないと言っていた。だから、その範疇だろう。そう思った。でも、何か矯正的な処置をしてもらわないといけない。とりあえず、この件についても、先生に伝えなければと思った。

 病院に着いた。少し久しぶりの感覚。名前を呼ばれたので診察室に入った。先生から、まずは、最終回なので放射線治療の他にCTスキャンもさせて下さいとの相談があった。私自身も、そのつもりだったので、「はい、お願いします」と返事した。そして、まず、先生には、ぺいの体調の事と、食事の量の事について伝えた。そして、「ちょっと気になることがあるんですけど」と、前置きをして、前歯が手前に傾いている事を伝えた。すると、「ひとまずCTスキャンを撮ってから判断しましょう」との言葉。私は、一旦、ぺいを預けて待合室で待っ事になった。とにかく肺への転移の事だけが心配だった。どうか転移していませんようにと祈りながら待った。祈るといえば、もちろん、癌宣告を聞いてから、自宅近くの神社への参拝も毎日欠かさず続けてきた。願い事は、「どうか肺へ転移してませんように!」「どうかぺいが元気になりますように!」「ぺいをせめて平均寿命まで生かせてやって下さい!」そんな事を、繰り返し毎日三分ぐらい祈り続けてきた。私は、何も根拠はないけど、不思議と肺には転移してないような気がした。全身麻酔を伴った検査。結構な時間が過ぎた。 

 そして、待ちくたびれた頃、名前を呼ばれた。どうか肺に転移してませんように・・・。緊張しつつ診察室に向かった。診察室にあるモニターの画面には、ぺいのCTスキャンの結果が映し出されている。そして、いきなり、先生から耳を疑うような説明があった。先生、「前歯の傾きの事なんですが、下顎が癌に冒されていまして、それで歯がぐらついてきているようです・・・」私、「え!?なんですか?」続けて、先生からCTスキャンの説明があった。下顎には、あらゆる箇所に白い影が無数に写っている。そして、それらは、全て癌細胞だという説明。私は、唖然とした。「・・・え?あのう下顎って癌が再発しないように放射線あててたんじゃあないんですか?」先生、「はい、そうなんですが・・・」、私、「だったら大丈夫なはずじゃあないんですか?」「いったいどこに放射線を当ててたんですか!」先生、「下顎に・・・」私、「下顎のどこらへんですか?」先生、「下顎全体にです」私、「だったら大丈夫なはずじゃあないんですか?」先生、「・・・。」青天の霹靂。まさにそのもの。これ以上、会話を続けてもぺいの癌が治る訳ではない。とりあえず、一番に気になっていた肺と背中の白い影の事について聞いてみた。すると、どちらも全く大きさに変化は見られないとの事。私は、それであれば肺と背中については、癌ではなかったという事ですか?と質問してみた。白黒はっきりつけたかったからだ。すると、この約二か月間、全く変化がないからといって、癌も全く変化しない時もあるので、やはり、癌の可能性そのものは否定出来ませんとの説明。なかなか安心が一つも得られない。私は、あらためて口の方の癌について聞く事にした。「口の方の癌は、放射線治療を継続すれば良いんでしょうか?」先生、「もう、これ以上、放射線をあてる訳にはいきません」私、「下顎の癌細胞は、もう取れないんですか?」先生、「もう既に下顎の半分は取ってしまったので、これ以上となると、もう下顎を全部取らないといけなくなります」「もし、下顎を全部取ってしまったりしたら死んでしまいます」私、「じゃあこれから先どうするんですか?」先生、「正直申し上げて、もうこれ以上は、手の施しようがありません・・・」少し沈黙の時間が流れた。あまりにもショックだった。私は、さらに言葉を続けた。「前回のCTスキャンの時には何も問題なかったんですよね?」先生は、前回のCTスキャンを見せてくれながら問題なかった事を説明してくれた。私は、ついさっきまで、これからも定期的に癌が再発していないか病院に来るつもりでいた。残念だけど、もうその必要はないみたいだ。先生の説明を聞いても、「あっ、そうですか・・・分りました」と言葉にするのが精一杯だった。最後に、もう一つだけ、ぺいの余命について聞いておこうと思った。私、「あと、どれぐらい生きれるんでしょうか?」先生、「一か月、ただ胃瘻がついていて食事が出来るから長くても三か月でしょうか・・・」私、「半年とかの可能性はないんでしょうか?」先生、「それはないと思います」私、「一か月から三か月・・・ですか・・・」私は、呟くように少し下向き加減で復唱した。視線の先に、先生が手にしている検査などの書類が挟まれているバインダーが見えた。そして、その中に、私が、入院の時、先生宛てに書いた手紙が挟まれているのが見えた。私は思った。病院での診療や検査の結果とは直接関係のない手紙を一緒に保管してくれている。そして、治療に携わってくれた人達全員が共有してくれている。正直、嬉しかった。きっと、出来うる限り治療を施して頂けたに違いない。これが運命なんだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。暫くして、「では、待合室でお待ち下さい」という言葉が聞こえた。そうして、ぺいと私は、診察室を出た。 

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 結局、一番気にしていた肺への癌転移については、白黒はっきりしなかった。もし、肺にも癌が転移してたなら心の準備も出来ていたので諦めも尽いた。それなのに、肺の方は全然問題なさそうで、逆に、完全に安心していた口の方が手の施しようがないなんて・・・。放射線治療は費用だってバカにならない。よりによって、その最後に、そんな宣告なんて・・・。ぺいは、何も知る由もなく、待合室で周りをきょろきょろ見ている。ぺいの写真を撮っておこう。私は、ぺいに話しかけた。「ぺい、お前、もうダメだってよ、長生きしたかったのにな」「なぁ、ぺい」そんな言葉を語りかけながら写真を撮っていると、助手の先生が診察料金の清算書類を持ってきた。私は、安楽死の料金を聞いてみる事にした。もちろん安楽死にするなんて全く考えていない。でも、これから先、どういう経過を辿るか全く想像も出来ない中で、もしかしたら将来、何らかの理由で安楽死を選択をする場面があるかもしれないと思った。すると、先生は、少し複雑な表情で答えてくれた。まさか、事細かく手紙を書いてきた私が、そんな事を言い出すとは思いもしなかったのかもしれない。「大体四万円ぐらいになると思います」私は、「あっそうですか、分りました」と言葉を返した。相変わらず、ぺいは、何も知る由もなさそうに周りをきょろきょろ見ている。この日は、とても神社へ参拝する気持ちになんてなれなかった。そして、重い足取りで自宅に戻った。

 病院に通院の日には、朝、食事を与えてはならないという決まりがある。私は、直ぐに食事を準備した。美味しそうに食事を食べている。随分お腹が空いていたようだ。あと、何日、あと、何回、口から普通に食事が出来るのだろう。そう思うと、何とも言えない気持ちになった。そして、夕方、全身を数か月ぶりに綺麗に洗ってやることにした。退院して暫くしてから、少しの間は、毛繕い出来ていたけど、最近は、全く出来なくなった。私のエゴかもしれないけど、綺麗好きなぺいのために、これから始まる新たな余生を綺麗な身体で気持ち良くスタートさせてやりたいと思った。ちなみに、身体を洗う時には、胃瘻チューブが出ている場所に、直接ぬるま湯をあてないように最大限注意しながら洗った。そうして、身体を洗っていると、毛が肌に張り付いて、想像以上に随分痩せたことが分かった。癌になる前には、六・五キロもあったのに、退院の時には、約四キロだった。 

 夜、母に電話した。そして、今日先生から告げられた事を全て伝えた。癌が下顎全体に広がっている事、告げられた余命の事、肺への癌転移は白黒はっきりしなかった事、安楽死の費用の事・・・。母も、とても残念がっている。それもそうだ。私と同じように元気になってくれると感じていたからだ。今まで、そんな希望を胸に病院に何度も連れて行ってくれていた。だから、私の報告を聞いて色々思うところがあったのだろう。そして、そんな母からの言葉。「これから先、癌に冒されて、ぺい自身が苦しい状況になるのであれば、先に安楽死させてあげるという選択もぺいにとって幸せかもしれないよ」私は、言葉を返した。「ここまで散々お金を掛けて頑張ってきたのに、どうして、わざわざ四万とか掛けて命を奪わなきゃダメなんだっけ?そんなのありえないから!」すると、「まぁ、あなたの思ったようにすればいいけど・・・」そんなやり取りで電話を終えた。ふと、ぺいの事が気になって部屋の中を見渡してみると、ベッドの上にいて私の方を見ている。目が合った。ぺいが私の事を、いつもと違う感じで見ているように思えた。気のせいかもしれない。でも、「ありがとう」という気持ちで見られていた気がする。猫は人間の感情の変化を敏感に感じ取るらしい。ネガティブな感情は、悟られるので隠した方が良いらしいのだ。以前、そんな事が書かれていた本か何かを見た記憶がある。もしかしたら、今、話していた内容を、私の気持ちや雰囲気で察しているのかもしれない。そんな気がした。

 それにしても、余りにも短い余命宣告が本当に信じられない。もしかしたら、ぺいは、奇跡的な運命を辿るのではないだろうか?真面目にそんな事を考えてしまう。それでも、やっぱり、一緒に過ごせるのは、多分、二か月から三か月ぐらいになるのだろう。それが現実なのだと自分に言い聞かせる。しかし、短い。短すぎる。どうしても、そんな現実、素直に受け入れられない。ほんの少しでも真面目に、現実を受け止めようとすると、悲しくて涙が溢れそうになる。でも、そんな事知らなかった昨日までと同じように、普通にぺいと接しなければと必死で堪え続けた。そうして時間は過ぎた。私は、寝る時間になったので布団に入る事にした。ぺいの様子を見てみると、私の方を見ていない。そう思った瞬間、一日中我慢していた悲しみが堰をきったように溢れてきた。ぺいとの別れが、近い将来、現実になる。現実を真正面から受け止めた瞬間だった。私は、直ぐに布団を被って部屋の明かりを消した。その後、三十分ほど涙が止まらなかった。私は、それをぺいに気づかれないように必死で我慢した。我慢するあまり、体が、布団の中で小刻みに震え続けて止まらなかった。そして、長くて短い一日が終わった。