「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との戦い~

2014年3月 愛猫「ぺい」に、突然、癌が宣告されました。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見て頑張った記録です。
事実を、感じた事を、ありのままに全て包み隠さず残します。

八月二十日(水)

 朝起きて真っ先にぺいの姿を緊張しながら探した。容態が悪くなっているから凄く緊張する。直ぐにフローリングの床面に姿を見つける事が出来た。しかし、死んだように横になっている。もしかして...。少し焦った。でも、良く見てみると、お腹が弱々しいながらも呼吸で動いている様子が分った。まだ生きてる!良かった!また新しい日を迎えられたと思った。続けて、深夜の間に何か変わった事がなかったかを確認する為に部屋の中を見渡してみた。すると、また糞が一つ落ちている。以前と同じ一センチほどの固形の糞。いつものようにティシュで摘んで捨てた。糞であれば数日前からの事。想定内の事なので特に驚きはなかった。でもこの日は、いつもと違うものが視界に入ってきた。それは、血溜まり。直径一~三センチ程の血溜まりが四か所にもある。深夜、出血したようだ。ぺいは、私が寝ている間にも、ずっと苦しんでいたのだろう。自分は、その時間、悠々ではないけど横になって寝ていた事には変わりない。何もしていない、何もしてやれない自分。そんな事を思いながら血溜まりを一つ一つ拭き取った。とにかく今日も仕事だ。あまり感傷に浸っている暇もない。ひとまず、いつものように流れ作業で身支度を済ませた。そうして、「ぺいちゃん、行ってくるからな~」と声を掛けながら玄関へ向けて歩いた。すると、ぺいが私の後を追って歩いてきた。昔なら何気ない日常だった見送り。いつも足を噛んできたので逃げるように部屋から脱出する事も多かった見送り。あの頃は悩まされたけど、今となれば本当に良い思い出だ。ただ、それもつい最近まであたり前の日常だった。でも、あと、何回、見送って貰う事が出来るのだろう・・・。見送りしてくれる事が、どんなにかけがえのない事か・・・。そう言えば、一晩経って、また何とか歩けるようになってくれたみたいだ。でも、凄く大変な事に違いない。それなのに、今日も見送ってくれる。ありがとう!本当は、ずっと、一緒に部屋にいてほしいんだよな。俺だって、一分一秒でも一緒に過ごしたいんだよ。でも、仕事だから仕方がないんだよ。「ぺいちゃんごめんな.・・・」本当に辛い。泣けてくる。私は、「ぺい、行ってくるよ~。ぺいちゃん!」と声を掛けた。そして、後ろ髪を引かれる思いでドアを閉めた。

 そうして、日中、仕事をして、ぺいに早く会いたい、日も暮れた頃、そんな衝動を抑えつつ半分走るように急ぎ足で自宅に戻った。そして、緊張しながら玄関のドアを開けた。ぺいはどこにいる?大丈夫か?部屋の中を確認してみると、直ぐに、ベッドの上に姿を確認出来た。部屋に入ってベッドに近づいてみる。すると、何と、ベッドの上に敷いていたタオルが血で真っ赤になっている。それも、今までとは明らかに違う鮮血だった。過去に見たことのない大量の出血。ぺいは、うつ伏せになっている。私は、発狂した。「もう頑張んなくて良いよ!」「ぺいは充分頑張った!」「皆、頑張ったけど、ぺいが本当に一番頑張った!」「他の誰よりも一番頑張った!」「世界で一番頑張った!」「もう大丈夫だよ!ありがとうぺいちゃん!」そんな言葉を何度も繰り返した。それは、こんなに苦しくて辛い思いをするぐらいなら、お別れは辛いけど、一刻でも早く楽になってほしい。そう思った。私は、ずっと、ぺいに「頑張れ!頑張れ!」と、いつも声を掛けてきた。でも、ぺいは、今まで本当に一生懸命頑張ってきた。もう充分だから、もう本当に大丈夫だから・・・、もう本当に・・・。心の底からそう思った。

 どれくらい時間が経っただろうか?とにかく、ベッドの上のタオルを取り替えなければと思った。タオルは二枚重ねにしていた。なのに、鮮血は、そのタオルはもちろん、シーツカバーも通り抜けてシーツにまで達している。あまりにも多い出血だった。今日は水曜日。そういえば、日中、母が来てくれていたはず。出血の連絡も兼ねて日中の様子はどうだったかも聞いてみようと思った。母に電話した。私は、まず大量出血の事を伝えた。続けて、日中の様子も聞いてみた。すると、日中は、特に出血なんてしていなかったという事だった。ただ、兼ねてからぺいの舌の状態が黒ずんでいたり膿が付着していたりで気になっていたらしく、日中、手で舌を洗ってくれたそうだ。もしかしたら、舌を洗った事で、その事が影響して出血したのかもしれない。そんな事を少し思った。でも、そうは言ってみても、いずれにしろ遅かれ早かれ出血は避けられない事だったに違いない。そもそも、母だって、ぺいの事を思って舌を洗ってくれたのだ。だから、私は、「あっ、そう・・・」という言葉だけを母に返した。そうして、ひとしきり話しをした。そして、最後にお願いを伝えた。「明日、もしかしたら死んでしまうかもしれないから、日中、こちらにいてほしいんだけど・・・」すると、「分った」という言葉が直ぐに返ってきた。私は、ぺいが最期を迎える時、傍に誰もいなくて、帰宅してみたら冷たくなっていたという事だけは、出来る限り避けたかった。ぺいと一緒に頑張ってきた我々。最期は、そのどちらかが、傍にいて看取ってやりたいと常々思ってきた。きっと、母だって同じ気持ちだったと思う。