「神様からの贈り物」

~扁平上皮癌との闘い~

まだ数年は続くと思っていた、愛猫「ぺい」との平凡な日常。
しかし、その後の誤診と突然の癌宣告...。
それでも、再び元気になれる奇跡を一緒に夢見た記録です。

八月十九日(火)

昨晩は、これまでで一番徘徊していた。一晩中、ずっと、三十秒置きぐらいの感覚でベッドの上に上がったり床に下りたりを繰り返していた。ベッドに何度も上がってくるという事は、本当は、ゆっくり眠りたいに違いない。でも、きっと痛くて苦しくて、じっとしていられないのだろう。ぺいがそんな状態だったもんだから、私も、このところ連日、良く眠れなくて寝不足が限界点にまで達している。身体が重い。でも、ぺいに比べれば全く取るに足らない。ぺいは必死に頑張っている。私が睡眠不足なんかで弱音など吐ける訳がない。そう自分に言い聞かせた。そして、身体に鞭を打って会社へ向かった。

 

 それから、日中は、ぺいの事を一時的に忘れる為に、逆に仕事に没頭するようにして、仕事を終えたら一目散に家路を急いだ。そして、玄関の扉を開けた。えっ!余りの酷い状態に目を疑った。何と水場の水が血で真っ赤に染まっている。外出する前に綺麗な水に取り替えていたのに、まさに真っ赤な血の海。ぺいは、その血で染まった中に上顎を沈めている。大丈夫か?大丈夫であるはずがない。人間でもこんなに出血したら一大事だ。それほどまでに大量に出血している。それも人間よりも遥かに身体の小さい猫の出血。尋常でない。ひとまず、直ぐに水を綺麗なものに交換した。すると、ぺいは綺麗な水の中に再び顎を浸けた。また見る見るうちに水が血で染まってゆく。そして、暫くして水を見てみると、また真っ赤に染まっている。まだ水を取り替えたばかりだ。五分ほどしか経っていない。私は、その後も水が真っ赤になる度に綺麗な水に交換した。それでも、水は直ぐに血で染まる。五回程繰り返した。本当にキリがない。そんな事を思いながら水を取り替えていると、ぺいが水場から離れた。そして、部屋の中に移動してフローリングの床の上に横たわった。私も、それであればと部屋の中に移動して、暫くしてからは、パソコンデスクに座ってインターネットを見ながら過ごしていた。すると、突然、背後から聞きなれない音。何かと思って振り向いてみると、ぺいが床からベッドの上に上がろうとしたようで、音の正体は、ジャンプに失敗した音だった。ベッドの高さは床から三十~四十センチぐらいなのに、たったそれだけなのにジャンプ出来なかったのだ。そして、ジャンプに失敗した時、ベッドの上に敷いてあったタオルに前脚の片方の爪を引っ掛けてしまって、タオルと一緒にベッドと床の間で宙ぶらりんの状態になっていたのだ。ぺいはこちらを向いている。私は、直ぐにぺいと目が合った。その時、気のせいか凄く気持ちが通じ合えたような感覚があった。私は、やれやれ、仕方ないなぁ~と思って、直ぐ前脚の爪からタオルを外してやった。ぺいは、自分の状況が不甲斐ない事を百も承知していたのだろう。それと、私が、直ぐに手を差し伸べてくれる事も分っていたのだろう。目が合った時、何か感じるものがあったのは、そういう事なんだろうと思った。

 

 その後のぺいは、ベッドに上がるのを諦めた。そして、時間が過ぎ、私は、ベッドの上でテレビを見ていた。すると、フローリングの上で立ち上がろうとするぺいの姿が目に入った。だけど、今度は、足腰が砕けるように、突然、その場に倒れてしまった。何がどうしたというのか?ぺいは、自分の身体が思い通りにならない事が、少し不思議そうな様子だった。そして、暫くすると気を取り戻せたようで、また、再び立ち上がろうとした。今度は何とかふらつく事なく、すくっと立つことが出来た。立ち上がれたぺいは水場の方に歩いていく。でも、酔っ払いのように、フラフラして上手く歩けていない。身体が左に逸れながら歩いているかと思えば、今度は右側に逸れながら歩いている。一体どうしたというのか?もう、これは、いよいよ本当に危ないと思った。これから先、体の自由が利かなくなったら水場にも砂場にも行けなくなってしまう。思ったように動けなくて寝たきりになってしまったら、どうやって生きてゆくというのか?それと、以前は、最期は、バスルームの中だと思っていたけど、もうそれは絶対にないなと思った。なぜなら、バスルームに入るには、床から二十センチ程ある段差を越えなければならないからだ。こんなにフラフラしていたら段差を越えるなんて絶対に無理だ。

 

 それと、この日、もうやめようと思った事がある。それは、ぺいの写真や動画を撮る事だ。ぺいが癌になってから、写真や動画を撮ってきた理由は、心のどこかで奇跡を信じていたからだ。でも、もう本当に危ない。そもそも、今までは差し迫った命の危険を感じる事なんてなかった。でも、もう、こんな状態にまでになったぺいを撮影するなんて、精神的に絶対に無理。もう、無理・・・。絶対に。そう思った。

八月十八日(月)

ますます腐敗が進んでいる。癌は腐敗して居場所がなくなりそうになると新天地を求めて隣へ隣へと浸潤してゆく。そして、元々、全く問題のなかった場所すら腐敗させてゆく。腐敗というよりは溶けてゆくという感覚の方が近い。私の大切な、私の愛するぺいの身体が容赦なく溶かされてゆく。気が狂いそうだ。それと、この日の夜、三か月ほど装着してきた涎掛けを外す事にした。それは、決して涎が止まったからではない。腐敗が限りなく喉にまで侵食してきたからだ。このまま涎掛けを首に巻いていたら、もう少しで涎掛けの布が今にも侵食された箇所に直接触れてしまいそうだ。もう涎掛けを首に巻く事すら出来ない。それほど腐敗が進行してしまった。

 

 この先、本当に、どうなってしまうのか?夜、十二時前、ぺいは、ベッドの上にいる。うつ伏せで目は閉じた状態で辛そうにしている。もう完全に下顎がない状態で上顎が直接ベッドに接している。それで、舌は完全に折れ曲がって百八十度逆向きに反り返っている。本当に痛々しくて見ていられない。そんなぺいの様子を注意深く気にしていると、「うぅ~」という小さくて苦しそうな声が聞こえてきた。「苦しいよぉ~、まだ生きてたいよぉ~」そう私には聞こえた。私は、思わず「ぺぃ~」と、小さい声で応えてやった。この時、私が小さい声で応えた理由は、ぺいの苦しさも気持ちも全部分っているよ。今、ぺいの傍で寄り添っているよ。ぺいの全てを温かい気持ちで包んでいるよ。そんな思いだった。もう、手で撫でてやる事も、ぺいの名前を普通に声に出すことも出来ない。それほどまでに容態は悪化している。だから、私は、ぺいの声に応えて、やさしく返事を返してやる。それが、精一杯の出来る事だった。

八月十七日(日)

朝、起きてみると、またしても一センチぐらいの小さな糞が部屋の中に落ちている。今回は、二か所に見つけた。前回と同じ固形の糞だ。一昨日あたりから、砂場では、一度も糞をしていない。おそらくこれから先、糞は部屋の中にするのだろう。砂場まで移動するなんて、凄く大変なはずだ。しかし、驚きなのは、糞は部屋の中で済ませても尿の方は必ず砂場で済ませてくれるという事だ。糞も尿も砂場まで行く事には変わりないのに尿を部屋にしてしまうと迷惑を掛けてしまう。ぺいは、そんな事まで考えてくれているのだろうか?こんなに辛い状況なのに、自分の事だけでなく、私の事も考えてくれているのか?本当に最後の最後まで・・・。私は思った。ぺい、お前の事なら、なんだって許せるのに。なんでも許してやるのに・・・。本当に本当にありがとうな。部屋に落ちていた糞の処理をしながら心の中で何度も思った。一体、私は、今まで、どれだけぺいの事を考えてきただろうか?ぺいが私の事を意識してきた気持ちの深さや広さに比べたら、私なんて、本当に浅くて遠く及ばなかった。ぺいの事を、もっともっと大切に、もっともっと深い愛情で包んでやれば良かった。

 

それと、一週間程前から就寝後の深夜にも、ベッドから下りたりベッドへ上がったり、部屋の中を徘徊したりする事が徐々に増えている。それが、昨夜については、殆ど一晩中それを繰り返していた。きっと、痛みで、ゆっくり寝てもいられなかったのだろう。正直、私もそんなぺいの様子が気になって、特に昨夜は、殆ど眠れなかった。もう、かなり寝不足が溜まっている。正直、辛い。でも、ぺいの辛さに比べれば辛いの「つ」の字を語る事すら遠く及ばないだろう。どんなに辛くたって、大好きなぺいの辛さの一部でも共有出来ているかと思えば嬉しさすら感じる。だから、この先、どんなに辛くても絶対に頑張ろうと思った。そうして、そんな思いを胸に会社へ向かった。そして、その後、仕事終え足早に帰宅してみると、日中、さらに容態が悪化の一途を辿ったようで、ぺいは、水場で鼻も水に浸かるばかりに、なりふり構わず上顎を水の中に浸けている。見ていると、水の中から少し顔を上げて、それで息継ぎをした。そして、再び水に浸けるという動きを繰り返している。目も苦しそうに一点を見つめるように顔を上げ下げしている。何もかも本当に見るに堪えない。そばで寄り添ってやる事すら負担を掛けてしまう。そんな状況にさえ思えてきた。

八月十六日(土)

今日は休日。昨日、とにかく、今日は一日中、家にいて、ぺいと同じ空間で同じ時間を少しでも多く過ごしたいと思っていた。もちろん、この数か月、いつも同じように思ってきた。だけど、今まで以上に、一分一秒でも一緒に過ごしたいと思ったのだ。もう奇跡は起きない。容態は悪くなる一方だ。でも、何もしてやれない。癌の痛みに堪えている時に、むやみに名前を呼べば負担になるはずだ。撫でたりしても負担になるだろう。テレビの音はうるさく感じるはずだ。だから余程の事がない限りテレビは見ない事にした。もし見ても何とか聴こえるぐらいの小さい音量で見るようにした。食事だって、今までと変わりない量を胃に強制的に注入されたら消化が負担になるに違いない。だから、朝と夜、注入量は、合わせてシリンジ二本弱に留めるようにした。一時期、五~六本分を注入していた頃もあったから三分の一程度まで減らす事になる。今の私に苦しそうなぺいにしてやれる事といえば、これぐらいしかない。とにかく一緒に過ごせる時間は、私にとって一番大切なもの。それを、一秒単位でしみじみと感じている。そして、今日は、一週間ぶりの休日。一日中、ぺいと一緒に過ごせて心の底から嬉しかった。ぺいも同じ気持ちでいてくれたら嬉しい。

八月十五日(金)

朝、起きると同時に真っ先にぺいの様子を確認した。緊張しながらの確認。死んでないだろうか?そんな心配が募るほどに状態が悪化している。良かった。また新しい朝を迎えられた。なんとか生きている。健康であれば何気ない一日一日という時間をクリアしてゆくという事が、今のぺいにとっては、とてつもなく長く苦しいはずだ。

 

 それと、夜、帰宅後、最近少し気になっていた蛆虫の事について、インターネットで詳しく調べてみる事にした。なぜなら、蛆虫が湧いてくるといった表現を聞いた事はあるけど、考えてみれば、全くの無の状態から生き物が自然に発生などするはずないと思ったからだ。それで、調べてみると蛆虫とはハエの幼虫で、やはり自然に湧いてくるものではなくハエが幼虫を産み付けるという事が分かった。その幼虫こそが蛆虫なのだ。そう言われてみれば、それはそうだよなと思った。ぺいが床に寝た時には、口から出た腐敗物が床に付着する。それで、私は、床に付着した腐敗物に部屋に入ってきたハエが幼虫を産み付けて、それが瞬く間に成長して蛆虫になったのだろうと思った。